天木直人の公式ブログ

【バックナンバー】2005-03-22

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イラク問題を風化させてはならない
 イラク戦争が始まってから丸二年が過ぎた。1月末の国民選挙の終了以来、イラク戦争に関する記事がめっきり減った。それどころかあの戦争に一定の評価を与えて、もはや過去の戦争であるかのように風化させてしまいたい意図を感じる記事さえ見られる。
ブッシュ大統領は開戦2年目にあたる19日(日本時間20日未明)のラジオ演説で、「イラク戦争の目的は残忍なフセイン政権からイラク人を解放したこと」であり、「イラクでの自由の勝利が中東各地に民主化をもたらした」と自賛した(3月20日毎日新聞、産経新聞)。戦争を始めた当事者が、ながびく困難なイラク情勢に手を焼いて「名誉ある撤退」を画策するのはわかる。しかし日本のメディアや御用評論家の中に同様の意見を繰り返す者がいることに違和感を覚える。イラク戦争を支持し、米国の言われるままに自衛隊を派遣し続ける日本政府、その日本政府に追従し、日本政府の言い分を代弁するようではメディアの使命が泣くというものだ。
たとえば3月19日の読売新聞「視角」で飯塚恵子記者はこう書いている、「・・・今月、8日間にわたり、英軍の駐留するバスラを中心にイラク南部をまわった・・・イラク人の国家再建にかける意気込みは想像以上だった・・・サダムのいない新しい国を必ず作る・・・戦争が無ければまだ独裁政治に苦しんでいた。米英や日本などが助けてくれた事を一生忘れない・・・貧しくとも今の自由のほうが100倍いい。独裁恐怖政治は世界中どこでもよくない・・・という言葉が胸に残る・・・各地で出会った人々の国家再建にかける熱気から一つの確かな手ごたえも感じ取れた。この戦争は多くのイラク人に苦しみだけでなく希望の種もまいたということだ・・・」
本当にそうであろうか。確かにそう言ったイラク人もいただろう。国づくりに懸命なイラク人がいても不思議ではない。しかしそういう言葉だけを殊更に取り上げ、米国のイラク占領の犠牲になったイラク人の怒りと悲しみ、混乱から目をそらす事は許されない。
あの戦争がウソで始まった米国の一方的な侵略戦争であることはもはや世界中が知っている。米国民でさえ53%もの人々が「イラク戦争は戦う価値のない戦争だった」と否定的である(3月20日の毎日新聞が報じる米紙ワシントンポストとABCテレビの共同世論調査)。サダムフセインという独裁者を倒したからあの戦争は正しかったと言い張るにはあまりにも犠牲と破壊は大きい。
忘れてならないのは米国の占領でどれほどの市民の生命が奪われ、占領軍の狂気によりどれほどの非人道的な虐待行為が行われてきたかという事だ。犠牲者は今も日々生まれている。日本のメディアは殆ど報道しなくなったが、自爆攻撃は選挙の後も連日繰り返され、犠牲者は後を絶たない(3月20日東京新聞―イラク遠い平和)。イラク情勢はまったく収まっていないのだ。
3月18日の東京新聞で、フリージャーナリスト綿井健陽氏が作成した「小鳥たち、戦火の家族たち」というドキュメンタリー映画を知った。朝食の準備中に家を爆撃され一瞬にして命を奪われた少女たち。イスラムの教えには「子供が死ぬと鳥になる」という言い伝えがあるという。墓標に書かれた「お父さん、泣かないで。私たちは天国の鳥になりました」と書かれている墓標に涙する綿井記者。もう一人の少女の泣き声も紹介される。非人道的なクラスター爆弾を使用する米軍。その破片を右目に受けた少女。二度にわたる手術の痛みをこらえて笑顔を絶やさない少女。「戦争を知るということは、戦況を評論したり、予想することではない。戦火の中で人がどう生き、傷つくか、その現実と痛みを想像する事だ」と言う綿井さんこそ真のジャーナリストだ。
今中東は米国の手によって民主化されつつあるというのか。イラクの選挙はあまりにも強引、不自然な選挙であった。それを「歴史的選挙だ」、「紫革命だ(選挙の為に指に紫色のインクをつけたことからそう呼ばれる)」と囃し立てるウソを我々は見抜くべきだ。選挙を経て一ヶ月半がたって、やっと暫定国民議会が召集されたと思ったら、いまだに大統領などの選出が出来ない。イラクの政治的混乱は露呈するばかりだ。それもこれも米国が無理をして形だけの民主化を急いだ結果だ。
エジプトやサウデイの選挙に至っては形だけのものだ。ハリリ首相の暗殺をきっかけに始まったレバノンのシリアからの独立の動きは、改革というよりも内戦の始まりの危険をはらむ。パレスチナの和平の動きが発展するかどうかはすべてイスラエルの出方次第だ。イスラエルの譲歩が無いままにパレスチナの自爆抵抗が起これば再び暴力の連鎖が起きる。いままでと全く同じ構図が繰り返されかねない。要するに中東の民主化の動きは、すべて米国の宣伝する「作られた民主化」だ。
イラク開戦から2年たった今こそイラク情勢や中東情勢に注視しなければならない。イラク戦争の誤りの露呈を見逃してはならない。米国の戦争犯罪を追及し、その米国に追従した小泉外交の責任を問いつめていかねばならない。取り返しのつかない犠牲者が出ないうちに自衛隊をイラクから撤退させるべきだ。イラク問題を風化させてはならないのだ。
二人の元次官をめぐる報道
 最近読んだ雑誌の中で二人の元事務次官の生き様を見せつけられた。事務次官といえば出世コースをひた走って官僚組織のトップに上り詰めた者だ。会社で言えば社長だ。そういう立場にある人間が、低劣な人間でしかないことを示した記事を紹介する。
その一つが、この前まで外務省の事務次官を勤めあげた竹内行夫氏についての記事である。機密費スキャンダルを追及しようとした外務省を追放された田中真紀子外相(当時)の事は未だに記憶に残る出来事である。その田中外相と刺し違えて辞職した野上義二事務次官(当時)の後を継いだのが竹内氏である。以来三年間と言う異例の長さで外務省の組織防衛に務め、その一方で北朝鮮外交や米国のイラク戦争支持といった小泉外交を演出した。日本の外交をここまで米国に従属的にさせた張本人でもある。その間には世論の反対を無視して野上前次官を駐英大使として復帰させるという厚顔人事までやってのけた。文字通り外務省を思いのままに動かした次官であった。その竹内顧問が、なんと大津波災害の直後に「バリ島夫婦旅行」を行っていたというのだ。4月1日号の週間ポストがすっぱ抜いた。
津波の被害は死者・行方不明を出した国だけでも11カ国に及ぶが、その中でも最大の被害を受けたのがインドネシアだ。彼が夫婦で観光旅行した1月中旬は、災害はまさに「今そこにある危機」であり、邦人行方不明者も40名を超えていた。復興支援活動に忙殺されていた館員は外務省最高幹部の接待に頭を痛め、「つい数日前まで災害対策の責任者だった人間が、被災国でのんびりバカンスを楽しむという感覚でいいはずは無い」と怒りがこみ上げたという。この旅行を聞いた官邸のある幹部は激怒し、「今すぐ外務省顧問を解任すべきだ」と気色ばんだという。
しかし竹内氏に反省の色はない。週間ポストの取材に次のように回答している。「妻とバリ島に旅行したのは事実です。これは全くの私的な旅行であり、外務省職員には一切負担をかけたことはありません。バリ島は地震・津波の被害を一切受けておらず平常どおり観光客が来訪していました・・・」。ある外務省幹部は竹内氏を弁護するかのように居直ったという、「カリフォルニアで地震があったらニューヨークへ行っても批判されるのか」と。どこまで居直れば気が済むのか。外務省幹部の傲慢さを阻止できる者はいないのか。
その外務省が、農林水産省の元事務次官である熊沢英昭氏(61)を3月15日付けで駐チェコ大使に任命した。おりしもBSE牛肉問題が日米間の政治問題化している。その渦中にあって、BSE問題の責任をとって農水省次官を辞めた熊沢氏を大使職に就ける無神経ぶりを、週刊誌アエラの3月28日号が取り上げている。
熊沢氏は、畜産局長(95年7月―97年1月)時に、BSEを引き起こしたと見られる肉骨粉飼料の規制に手抜かりがあった人物である。くわえて次官(01年1月―02年1月)当時、日本がBSE発生危険国の一つであるという欧州連合の見解を否定した張本人でもある。その後農水省は日本で初のBSE感染を確認し、発表せざるを得なくなった。熊沢氏は日本の国際的な信用を失墜させたのだ。「本来なら裁判にかけられている人」(民主党、鮫島宗明議員)、「行政上も社会的にも相応の制裁を受けるべき立場にあった人」(ある業界人)が、何の処分を受けることなく武部農水相(当時)による「定期異動」で9千万円近くの退職金を手にして次官をやめ、その後も農協共済総合研究所理事長、全国米穀取引・価格形成センター会長という天下りポストをはしごして更なる退職金を手にした。その熊沢氏が今度は農水省で初めての大使職を得たというのである。
何故日本の官僚はこんなに厚顔なのか。自らを省みて恥ずかしくないのか。何故このような大使人事を外務省は許すのであろうか。米国産牛肉の早期輸入再開要求に応えるように農水省に頼み込む為の見返り人事ではよもやないだろうな。国民の知らないところで大使ポストが決められる、それを誰もが規制できないとしたら、国民はどう怒りをぶつければよいのか。
ライス国務長官の訪日で何が話されたのか
週末に押しかけて来てあっという間に去っていったライス国務長官の訪日。その間に何が話されたのか。日米間でどのような約束がなされたのか。新聞では真実は伝わってこない。各紙は町村外相とライス国務長官の会談要旨なるものを一斉に報じている。しかしいくらこれを読んでも本当のところはわからない。外務省が作成、加工した情報をそのまま垂れ流しているだけである。従って各紙の記事を読み比べてその裏で行われていることを推測するほかはない。それでも浮かび上がってくるものはある。
ライス国務長官の訪日の目的の一つが米国牛肉の輸入再開に対する政治的圧力をかけることにあったことは間違いない。しかし報道を見る限り、日本側が輸入再開の時期を明示せずに、ライス国務長官が手ぶらで帰ったようになっている。新聞の見出しも「食の安全、日本譲らず」(3月20日毎日新聞)、「首相、時期明示せず」(20日産経新聞)となっている。しかし20日の東京新聞は「牛肉ゼロ回答でも握手」としてお互いが満足であったような書き方をしている。小泉首相に至っては会談後の記者団に、「ビーフで来たわけではない、名前がライスですからね」と相変わらずの軽口を叩いている(20日毎日新聞他)。
何が話し合われたのか。考えて見ればよい。外務省や官邸が吹聴する「良好なブッシュ・小泉関係」は、ブッシュの要求を呑み続けてきたことから作られたものに過ぎない。牛肉如き問題で「両者の良好な関係を損なってはならない」というのが小泉首相の思いであるに違いない。議会がここまで反発しているのだ。ブッシュ大統領が電話で圧力をかけてきたのだ。モタモタして経済制裁を発動されては外交の大失敗だ。ブッシュ・小泉関係は何だったのかという事になる。譲歩するしかないではないか。
それをいかに国民の前にごまかすかだ。「輸入再開時期を明示することはできない」、「食の安全に関わる問題だから科学的知見に基づいて判断する」などと小泉首相や日本政府が繰り返すのは、米国の圧力に屈しないことを殊更に強調したいためである。その裏で食品安全委員会に政治的圧力をかけて審議を加速させ、科学的知見に基づいた輸入再開の結論を出させる事を小泉首相は官僚に命じているに違いない。そしてライス国務長官に対しては「再開時期を訪日時にあわせて発表すると米国の圧力に屈したと取られて双方に都合が悪い。だから時期を明示しない形で発表するがブッシュ大統領には伝えてもらってもよい。出来るだけ早い時期に再開することを約束すると・・・」。小泉首相が「輸入再開問題を良好な日米関係の阻害要因にしない」と繰り返していることはそういうことだ。譲歩しましたということだ。
しわ寄せを受けるのは、科学的知見を政治的要請に合わせなければならない「食品問題の専門家たち」である。彼らの多くはまたしても御用学者、御用専門家であろう。それに耐え切れない良心的な専門家が一人でも出てこないものか。舞台裏を告発してくれないものであろうか。いずれにしても牛肉問題は終わった。
今回のライス国務長官の訪日でむしろ私が驚いたのが、日本のODAを戦略援助にしろとライス国務長官が迫ったという記事である。ついにここまで米国は日本の資金を手を突っ込み始めたのかという思いである。すなわち3月20日の朝日新聞は19日に行ったライス国務長官の講演を引用し、「戦略的な開発同盟」と言う名の下に日本の政府開発援助(ODA)を米国の「自由と民主主義の拡大」に使いたいと述べたことを報じている。
3月20日の日経新聞はもっと明確だ。日米外交筋によると、ライス国務長官の訪日の「果実」は牛肉再開という小さなものではない。ブッシュ二期目の金看板である「民主化外交」への日本の協力の取りつけにあった。ライス長官は小泉首相や町村外相との会談で「民主化や人権改善に熱心な国々に重点的に援助する」ことにつき日本の協力を求めたという。これは求めたというより命じたのだ。
経済発展や人道援助を目的とするわが国の政府開発援助は、安全保障上の理由や政治目的から行う米国の援助と根本的に考え方が異なる。その日本の援助政策を、「日米戦略開発同盟」の名前で捻じ曲げようというのだ。日本の1兆円規模の援助資金を米国の意向に沿って使わせろということだ。「ブッシュ大統領が望んでいる」と一言いうだけで小泉首相は金縛りにあったように何でも言うことを聞く、もはや米国はそれを当然視している。小泉首相は米国の言いなりになるから日本の首相であり続けられるかのようだ。米国は小泉首相を日本の首相に据え、その間に一気に日本を属国化しようとしているようだ。その米国の真意を知った上で、長期政権欲しさのために米国の言いなりになっているとしたら小泉首相は売国奴である。それとも米国の真意に気づかずにブッシュ・小泉の関係が自分の力で良好関係に出来上がったと思い込んでいるのなら、小泉首相は本当におめでたい人である。いずれにしても戦後史上最も軽薄であり、国民にとって最低、最悪の首相であることだけは間違いない。
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