天木直人の公式ブログ

【バックナンバー】2005-03-25

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二つの記者会見
  23日に行われた二つの記者会見は対照的であった。一つは癒されてもう一つは苛立ちをおぼえた。
 癒された記者会見は海賊による拉致から無事に解放された井上信男船長と黒田俊司機関長の記者会見だ。海賊という許しがたい犯罪に巻き込まれた彼らはとんだ災難であった。怖い思いをしたことだろう。臆病な私など世をうらみ身の不幸を嘆いて失意で狼狽したことだろう。無事に解放されて本当によかった。
記者会見でみせた彼らの表情は温和だった。いい顔をしていた。「多くの方に協力していただき本当に感謝しています。今は家に帰って布団でゆっくり寝たいです」と話す井上船長のとぼけたような顔が奇妙に力強いものに思えた。「妻の顔を見たら胸が詰まって言葉では言い表せない感動を覚えた」と話す黒田機関長には感動さえ覚えた。かれらの表情がすがすがしいのは彼らにウソがないからだ。
彼らには何の罪もない。憎むべきは海賊という卑劣な連中だ。この種の誘拐事件になると必ず身代金の話が出る。「身代金をいくら払ったのか」、「身代金目当てで日本人が狙われる危険がたかまった」などという評論家の、したり顔をしたコメントを聞くと腹が立つ。そんなことより政府に海賊を取り締まる国際的努力を真剣に行うよう求めるべきだ。いずれにしても助かってよかった。井上さんや黒田さんの笑顔に久しぶりにすがすがしい気持ちにさせられた。
 これに反して小泉首相の記者会見の不快さはどうだ。政府の放漫財政のつけを国民に安易に押し付けて負担増を求める予算案が、ふがいない民主党の抵抗のなさであっさり通ってしまった、こんな馬鹿げた予算が通ったからといって何のための記者会見か。3月24日の朝日新聞の論説が「べたなぎ国会」をこう嘆いてみせる。
「・・・皮肉な言い方をすれば、予算成立のニュースで、国会が開かれていることを思い出した・・・それほど予算審議は目立たなかった・・・これほど実のない国会論戦は過去になかったのではないか・・・」
記者会見の冒頭で小泉首相は企業倒産件数や失業率の数字が減少した事をあげて、改革なくして成長なしという自分の路線が正しかったと強弁する。官僚のつくった都合のいい数字のつまみ食いで自画自賛したところで、サラリーマンの小遣いや学生の生活費が減っていることから明らかなように、国民の暮らしが苦しくなっていることを知らないでは済まされない。
ライス国務長官に牛肉輸入再開に向けて専門家の結論を急がせると密約しておきながら、「食の安全対策に誤りないよう対処する」と言い、八方ふさがりの外交を問われれば、「日韓、日中、日ロ関係は前進している。行き詰っている感じなど全く持っていない」と開き直る。どうにもならなくなった北朝鮮問題に至っては、「私は別に焦ってはいないし、ある程度時間がかかることも承知している」とすまして応える。あなたは焦るべきなのだ。拉致被害者の家族の方々には時間は限られているのだ。
よもや記者会見でのこれらの発言を本気でそう思って発言しているのではあるまいな。自らの政権維持のためにウソと承知でしゃべっているに違いない。小泉首相の人相が日を追ってみすぼらしく貧乏神のようになっていくのは真実を語っていないからだ。
西武鉄道の不正を告発した監査役が3月22日の毎日新聞夕刊でこういっている、「・・・自分は小心者だから、不正をみつけてびくびくするのはできなかった。隠し事がないのが一番強い」
ここまで明白なウソを重ねて臆面もない小泉首相はきっと根性のすわったひとなのだろう。私には根性が悪いとしか思えない。
 堤義明容疑者の起訴の思う
 東京地検特捜部は23日、堤義明容疑者を起訴した。罪状は有価証券報告書の虚偽記載およびインサイダー取引であるという。それに脱税も加わるのだろう。
 確かに悪い。罪を犯したことは事実である。脱税を隠蔽しようとしたことは許せない。側近を二人も自殺に追い込んだ責任もある。ワンマンぶりも傲慢さも反感を覚える。しかしである。新聞や週刊誌で連日報道される堤たたきの記事にはうんざりだ。女や金の醜聞や拘置所の彼の姿を報じて彼を貶めることにどのような意味があるのか。
 そもそも彼のやっていたような事を他の誰も全くやっていないと言えるのか。脱税容疑について国税庁はとっくの昔から知っていたはずだ。彼が政財界に力を持っていた時には見過ごしていたのではないのか。小泉首相を初めとした多くの政治家は、ホテルの利用から始まってあらゆる便宜を堤氏から受けていたではないか。一旦弱い立場になれば皆彼から離れて行く。今となっては誰一人彼を擁護するものはいない始末だ。小泉首相などは飯島秘書官があれほど世話になっていると報じられているのに、関係があったと知られたくないかのように離れていく。人の世の無常を感じる。
 そういえば今年2月に亡くなった古関忠雄元KSD(中小企業経営者福祉事業団)理事長の葬儀が東京都内でひっそりと営まれたと3月22日の産経新聞が報じていた。村上正邦元労働大臣などへの汚職事件で有罪判決を受けた人物だ。事件後彼は家族と離れ孤独な晩年を送った。連絡がないことを不審に思った知人が死体を発見した時は死後数日が経過していたという。絶頂期には「政界のタニマチ」と呼ばれた彼であったが、その葬儀には政治家の姿はなく花輪や弔電もなかったことが哀れをさそう。人の非情さを感じる。
 悪い事をした人の末路は哀れである。しかし本当の悪は平然と生き延びている。折から行われている日本歯科医師連盟の一億円裏献金事件の裁判で、この事件が自民党橋本派の構造的犯行であったという関係者の証言が次々に明るみに出てきている。それでも逃げまどう政治家たちとこれをかくまう小泉首相。それを見過ごす国民の無力さ。正義というものに鈍感になったこの国の劣化を物語っている。
 コロッケパン 涙の味
 3月22日の東京新聞に作家の太田治子さんのエッセイを見つけた。太田さんは太宰治の娘さんである。といってもお母さんは太宰の正妻ではない。
 その太田さんに私は何度かお会いした事がある。そのよしみで好きになったわけではないが、私は彼女の悲しい文章になぜかいつも惹かれる。私が貧しい育ちのせいかもしれない。ITバブルにうかれる今日の若い成金者たちには、とうてい理解できない文章であろう。それでも私はこういう文章が好きだ。皆さんはどう感じられるだろうか。
 「夏休みが来るといよいよお金がなくなった。毎日恵比寿駅前の家から渋谷の宮益坂の古本屋さんまで、母と本を何冊も抱えて売りに出かけた。行きは車の往来の激しい明治通りを歩き、帰りは少し遠回りして広尾の住宅街をゆっくり歩いて帰った。
 古本代の二十円で買ったコッペパンを、途中の神社の境内で食べた・・・
 コッペパンを一つ食べるだけの日が続いた。ついに母は私を連れて福祉事務所へ出かけた。渋谷に親戚はいないかと尋ねられた母は、当時化学会社の社長をしていた私の大叔父にあたる大和田のおじさまの名前を言った。母は化学会社の子会社の倉庫会社へ就職が決まった。目黒区清水町(現在の目黒本町付近)にある倉庫会社の食堂で、調理の仕事をすることになったのである。私は毎晩、母を恵比寿駅の改札駅まで忠犬ハチ公のように出迎えに行った。
 母がなかなか帰ってこないある晩のこと、泣きべそをかいて部屋に戻ってくると、隣の部屋の長距離トラックの運転手の若い奥さんがコロッケパンをご馳走してくれた。ソースのしみたコロッケがコッペパンに挟まっていた。生まれて初めて食べるコロッケパンはおいしかった。泣きながら夢中で食べた。
 今でもコロッケパンが大好きである・・・」
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