天木直人の公式ブログ

【バックナンバー】2005-06-16

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「米軍のイラク撤退反対」を掲げた毎日新聞論説
 かつて毎日新聞は自衛隊のイラク派遣に関し、自社の論説委員の賛否入り乱れた論評を、そのまま掲載したことがあった。これは責任回避ではないか。当時私はそう考えたものだ。異なった意見が論説委員の間で存在するとしても、それを超えて社内で議論をし、意見を統一して、それを毎日新聞の立場として読者に提示することが、オピニオンリーダーとしての新聞の責務ではないか。
 その毎日新聞が、こんどはやけに明確な論説を打ち出した。16日の論説で「本気で米軍撤退を望むのか」というタイトルを掲げ、「米軍は撤退してはならない」と主張したのである。その論旨はあまりにもお粗末だ。毎日新聞の質の低下を象徴する論説だ。
 その論説は、まず最近の米国の世論調査を引用し、イラク情勢をめぐる米国民の厭戦機運が目立ってきた事を指摘する。そして、米国の世論が冷え込むのも無理は無いと次のように述べる。
 「・・・イラク戦争の開始以来、米軍の死者は1700人を超えた。毎日ほぼ2人ずつ死んでいる計算だ。しかも治安回復のめどは立たず、武装勢力の攻撃や自爆テロで、情勢は悪化の一途をたどっている。米国世論の冷え込むのも無理はない・・・」
 ここまではよい。ところがその次のあたりから俄然おかしくなってくる。
 「だが、あえて米国民に言いたい。イラク戦争は米国が始めた戦争である・・・(イラクの)治安回復こそ米国の重要問題であり、この仕事を放り出すように米軍が撤退すれば、無責任のそしりを免れまい・・・」
 何を言っているのだろう。イラクの武装勢力は勿論だが、多くのイラク人が米国軍の撤退を求めているのだ。米国がその非を潔く認め占領軍を撤退させれば情勢は一変する。国際社会が一致協力し、イラク人の手による国家再建づくりを助ける事になるに違いない。
この点は議論がわかれるであろうからこれ以上続けない。この論説の問題は次のくだりである。
 「・・・どの国も好き好んで危険地帯に人を送ったわけではない。諸外国の協力をどう見るかは米国民の自由だが、イラクの安定を願って要員を派遣した国々は、米軍撤退を求める米国民の増加に複雑な思いを抱くはずだ。『米国がそうなら、我が国はどうすればいいのか』と・・・」
 これには思わず笑ってしまった。だから言ったじゃないか。米国のイラク戦争なんかに賛成するな、イラクへ自衛隊を派遣するなと。正義のない戦争は失敗に終わり、イラク人を無視した武力による国づくりは必ず行き詰ることは、誰もが認めていたはずだ。それを承知で米国に追従したのだろう。無理を承知であの戦争を支持し、自衛隊を派遣したのではなかったのか。こうなることはわかりきっていたのだ。
 今頃になって毎日新聞は米国の非をあげつらう。
「・・・こうした状況を招いた第一義的な責任は米政府にある・・・イラクで大量破壊兵器はまったく見つからなかった。治安回復の難航に加え、イラク戦争への正当性をめぐる疑問が米政府への不信感を募らせる。こうした現実をブッシュ政権は謙虚に受け止め(てほしい)・・・」
 おいおい、よその国の大統領を批判して何になる。毎日新聞が矛先を向けるべきは、ブッシュ大統領の間違いに追従して日本をイラク戦争の泥沼に追いやったわが国の小泉首相なのではないか。
 迷走の挙句、この毎日新聞の論説はこう締めくくっている。
 「・・・大規模な掃討作戦にもかかわらず、武装勢力の攻撃が衰える気配が無いのは、極めて不気味な状況である。イラクを『第二のベトナム』にしないために、ここが踏ん張りどころではないか」
 米国を批判しているのか、応援しているのか、最後までわけのわからない毎日新聞の論説であった。
橋梁談合の結末に注目しよう
 橋梁談合事件が報じられて久しい。これだけ連日大きく報道されているのにその進展がどうなるか一向に見えてこない。これまでの報道から見てその規模の大きさと根の深さにはため息が出る。業界各社の責任はもとよりある。しかし各社に天下っているおびただしい数の官僚OBが発注工事の受注調整を行っていた事実をどう捉えればいいのか。そして天下り職員を組織的に公団、企業に送り込み、あらゆる行政指導を行ってきた国交省の責任をどう考えればいいのか。要するに今回の橋梁談合事件は、永年にわたって黙認されてきた政・官・業の組織ぐるみの違法行為なのだ。だからこそどこから手をつけていいのかわからないのだ。どこまで責任を追及すればいいのかわからないのだ。
いまこそメディアは本当の悪に迫るべき報道を行うべきではないか。問題の本質を追求すべきではないか。しかし連日の報道の洪水にもかかわらず、一向に責任の所在が明らかにならない。結末が見えてこない。
そう思っていたら、6月23日の週刊文春の「新聞不信」というコラムが、この橋梁談合に関する鋭い指摘を行っていることを見つけた。
「報道の『談合』はどうなる?」と題するその記事は、まず今回の談合事件の深刻さを次のように書く。
「・・・談合事件は底なしの泥沼になってきた。国が発注した工事だけではなく、日本公団発注の橋梁でも、公正取引法に真っ向から違反する裏システムが存在し、すべてを取り仕切ってきた。東京高検はヤル気になってきているという。だがもし本当にやれば、日本の橋を架ける企業は全滅するのではないか・・・なぜなら談合は、各社が各自の格に応じ、官および官OBのご指導の下に税金を分け捕りし『お互い仲良く栄えましょうや』という美風を育ててきたからである・・・」
そして、今回の談合事件も、最後はその追及が腰砕けに終わるに違いないと、次のように続ける。
「橋だけではない。鉄道、道路、港湾、ダムから自治体が建てる文化会館、美術館、資料館、記念館に至るまで、日本人には『談合でなきゃ入札できない』体質がある。マア見ているがいい。検察庁は今回の談合も、病巣を徹底的にえぐれないだろう・・・」
注目すべきはその後に続く記述だ。実は談合という不正行為を報じる新聞記事も、記者クラブという『報道談合機関』によって書かれ、読者に届けられるとして、つぎのように書いている。
「中央官庁すべて、自治体すべてが発する情報を仕切る記者クラブは、橋梁業界の談合と同じように、新聞業界の共存共栄を支える『良風美俗』として機能してきた・・・どの記者クラブにも、大きな黒板がある。広報課の担当者が入ってきて、何月何日何時、何々の発表あり、と書けば、事実上その時点で各社ともその件に関する取材を中止するのである。中止しなくても、発表日まで待つのが不文律になっている。これを談合報道でなくて何だというのか・・・」
最近の大手メディアは、新聞テレビも、同じような記事を垂れ流している。どのメディアを見ても同じだ。それ以上の何も見えてこない。その陰でほくそえんでいるのは都合の悪い事を隠蔽しようとする権力者である。損をしているのは真実を知らされないままの一般国民である。
報道業界の談合も橋梁談合と同様、責任は重い。
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