天木直人の公式ブログ

【バックナンバー】2005-09-19

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日本国民はここまで冷淡になったのか
 突然の小泉訪朝から丸三年たった9月17日、拉致被害者の早期救出を求める市民集会が開かれ、この模様が18日の各紙で報じられていた。しかしもはや拉致問題に関する報道も国民の意識も、「英雄」になった小泉首相を前にして、かすみ、沈んでいる。
なにが辛いかといって、横田さん、増元さん、有本さんたちの家族のむなしい叫びを聞くほど辛いものはない。なにが悲しいかといって、まるで人事のように、彼らの叫びを聞き流し続けた日本国民の冷淡さほど悲しいことはない。自分の子供や家族があのような形で拉致されたとしたら、我々はどこまで冷静でいられるか。かすかな希望を抱かせられながらむなしく3年間も放置され続けられてきた拉致家族の精神的苦痛を我々はどこまで共有しようとしたか。人の世の幸せが、金や地位がなくとも家族仲良く平穏に暮らすことであるとすれば、これほどの不幸があるだろうか。
小泉外交の最大の間違いが米国のイラク攻撃に加担したために日本を戦争犯罪国家に貶めてしまったことであるとすれば、人間小泉純一郎のもっとも冷淡かつ自己中心的な性格をあらわしたのがこの拉致問題についての欺瞞である。
あの時彼は外務官僚の誘いに飛びついて、北朝鮮が拉致を認める事と引き換えに国交正常化を行う裏取引をした。歴史に残る首相になれる、佐藤栄作がもらったノーベル平和賞も夢ではない、そう思った彼の頭には拉致家族の救済は二の次であった。何人拉致されたのか、何人生存しているのかなどはどうでもよかった。これまで一切拉致を認めなかった北朝鮮が拉致を認め、そして何人かの拉致被害者が帰ってくるのだ、そのことだけで十分であった。しかも彼は北朝鮮との国交正常化の本当の意味を考えてはいなかった。靖国神社の公式参拝にこだわる小泉首相が、その歴史的重さを考えて北朝鮮との国交正常化を心底願っていたとは到底思えないし、また彼にはその資格はない。
要するに当時の心象風景を一言であらわせば、1兆円の経済協力を行うので国交正常化の共同宣言に合意してくれ、その際拉致問題についても解決した形にしたい、これである。
この裏取引に狂いが生じたのは、生存していると通知された拉致被害者があまりにも少なかったことと日本国民の怒りが強かったことである。一方において小泉首相は金正日と取引をしているからこれ以上強く出られない。他方において拉致家族の怒りや国民の反発の前で、「裏取引があったからこれ以上強く出られない」とは白状できない。かくしてこの拉致問題は動きが取れなくなってしまった。自分の得にならないことには全く関心を示さない小泉首相は、すっかりこの問題に興味を失った。それどころかはやく終わりにすることで頭は一杯なのだ。
そこで出てきたのが、総選挙圧勝の勢いに乗じてこの問題を一気に幕引きするという動きである。9月30日号の週刊ポストに以下のような記事が掲載された。
「・・・ハリケーン処理やイラク情勢でつまずき北朝鮮どころではなくなった米国は北朝鮮の核の平和的利用を認める譲歩を行い6カ国協議は進展する。総選挙で圧勝した小泉首相はもはや世論を気にする必要がなくなった。日本は軽水炉建設の支援のツケをまわされ、拉致問題は幕引きされる・・・」
どうやらそんな筋書きが見えてきた。日朝協議が再開される動きが出てきた。お互いに困っている金正日と小泉首相は利害が一致している。この筋書きにそって後はアリバイ作りをはじめるだけだ。小泉首相を圧勝させた日本国民のことだからそんなシナリオをも黙って観賞するのだろうか。私は許さない。小泉首相は今こそ誠意をもって拉致家族の訴えに正面から対抗すべきなのだ。
出でよ!安保論争のもう一方のリーダーよ
 民主党の新しい代表に前原誠司という保守政治家が選ばれた。このことにより日本の政治は二大保守党の時代に急速に突入しようとしている。
 当然のことながら旧社会党、共産党を支持する人々や平和を願う市民グループからは危機感が漂う。果たして民主党が分裂し、新しい護憲派たちの第三勢力が出来上がるのか。というよりもそのような勢力が出来上がらなければ、この国は戦後60年を境に根本的に変容して行ってしまうことになる。
 第三勢力のキーワードは何か。それは弱者の政治、平和(護憲)の政治、自然との共生の政治などなどであろう。しかしそれでは弱いのだ。もっと根源的なテーマ、すなわち日米安保、軍事体制を是とするか非とするかというテーマを前面に出して議論がなされなければならない。奇妙な事にどのメディアもコノテーマを取り上げようとしない。
 日米安保体制に反対の立場をとる勢力は、これまでは共産、社会主義、労働組合であると相場が決まっていた。いまでもそうだ。だからこそ一般国民に広がりを見せなかった。メディアもこれを正面から取り上げようとしなかった。 
しかしそのようなイデオロギー的な立場から離れて、この日米安保体制の是非について国民的論議を進めなくてはならない状況に来ていると私は思う。なぜならば、二大保守政党のもとで、わが日本が、世界で最大の超軍事国家である米国に、もはや無条件で軍事協力させられる国になっていこうとしているからだ。
その結果は、我々の生活の全てに大きな影響を及ぼしてくることになる。日本の経済は米国の赤字補填にますます差し出され、その結果負担は増えていく。改革をいくら進めてみても肝心なところで日本経済は米国に搾り取られるのだ。我々の生活もより競争的になり二極化が進むことになる。日本の安全保障政策は当然のことながら戦争を前提とした攻撃的なものになっていく。
このように日米安保体制の将来を考えることは、イデオロギー論争を超え、護憲や平和主義を超えたこの国の基本姿勢の問題にかかわってくることであるのだ。
日本を間違ってもこのような方向に追いやってはならないと考える人達、私もその一人であるのだが、そう人達は、何よりもまず日米関係を見直すことの必要性を本気で考え主張しなければならない。日米軍事同盟をこれ以上進めてはならないこと、在日米軍は削減、撤廃さるべきこと、米国なきあとの日本の安全保障は、日本独自の軍事力強化ではなく平和憲法を世界に訴えてこそ安全を守れると本気で考え、主張することがますます必要になってくると思う。
そしてこれが一番重要なことであるのだが、どうしたらこのような正しい考えを一般国民に理解させその気にさせられるかを真剣に考えなければならない。そのためどうしても必要なのは、平和思想に裏打ちされた安全保障論議を行う事の出来るカリスマ的なリーダーである。我々に急がれるのは、そのような人物の発掘であり、その下に結集することである。
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