天木直人の公式ブログ

【バックナンバー】2006-01-14

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イランの核問題に思う
 イランの核開発問題が大きな問題になりつつある。この問題が国際社会に与える影響は北朝鮮の核疑惑の比ではない。なぜならばイランの核保有はイスラエルとその守護者である米国への直接の脅威となるからである。反米テロ組織への核拡散に直結するからである。
イスラエルは自国の安全保障を何にもまして最優先する国である。自分の国が真に危険にさらされると判断すれば国際社会の声に反してまでも大胆な行動をとる国である。今の米国は反テロ組織への核の拡散を防ぐためにはあらゆる手段をとる国となってしまった。イランが核保有国になることだけは決して認めないであろう。
偶然にもイスラエルはシャロン首相の急病で政治決断をしにくい状況にある。ブッシュ政権はイラク情勢の泥沼化に足をすくわれて更なる強硬措置をとりにくい状況にある。しかしイランがこれ以上強硬な姿勢をとり続け、国際社会の支持を失うようなことになれば、それが米国、イスラエルの強硬政策に弾みをつけることになりかねない。その危険が日増しに高まっている。
 どうすればいいのか。核の危険から地球を救うには、全ての国が等しく核兵器廃絶の努力をする他はないという当たり前の事を正面から主張することだ。そしてそれを最も強く主張できる国は唯一の被爆国である日本をおいて他にない。世界最大の核兵器保有国である米国が率先して核兵器の縮小・撤廃をコミットし、他国にそれを求めれば全ての国が従うはずだ。現実はまったく逆のことが行われている。核兵器を保有している国は保有、開発を認められ、それ以外の国は一切許さないという、誰が見ても不平等なことが公然と行われているのだ。
14日の東京新聞で伊藤洋一(住信基礎研究所主席研究員)氏がこう言っている、「・・・インドの核実験直後には国際社会に制裁を呼びかけた米国が、最近はインドに対する姿勢を大きく転換した・・・『高度な核技術を有する責任ある国』かもしれないが・・・インドがよくてイランがいけない理由を指導者の資質だけに求めるのはいかにも乱暴だ・・・核拡散を巡るダブル・スタンダード、ご都合主義こそが多くの国の開発意欲を刺激している。今のままではイランや北朝鮮を力で押さえ込んでも。また次が出てくる。そこにこそ問題が存在する・・・」
同じく14日の毎日新聞では、英国アクロニム軍縮外交研究所のレベッカ・ジョンソン代表が述べている、「・・・発展途上国や非同盟諸国には、自らは核兵器を持ち続けながら途上国の核を規制する核保有国への不満がある。欧米の主張は世界的な説得力を持たない・・・」。いずれも当然過ぎる意見だ。
外務省の谷内正太郎事務次官は13日、イランの駐日大使を招致し、「イランの対応が変わらない限り、国連安保理への付託以外の選択肢はない」と述べたという。「米国のイラク攻撃を支持するしか選択肢がない」とした三年前の態度と同じである。米国の行う外交の後をつき従っていく他に選択肢がないかのようだ。米国の不正義には何があっても目を瞑る態度だ。
かつての同僚であった谷内君よ、君はもう次官にまで上り詰めたではないか。このあたりで自分に正直な正しい外交をやってもらいたい。唯一の被爆国である日本が、原爆を人間に使用した唯一の国米国に、「核兵器を地球上から無くそう」と本気で申し入れたなら、世界が日本に拍手喝采を送るであろう。それこそが正しい外交であるのだ。
小泉首相はトルコ訪問で何をしてきたというのか
 小泉首相が9日から13日までトルコを訪問して帰ってきた。トルコ一カ国の訪問に5日間もかけたのだ。
そもそも今度の中東訪問はイスラエル、パレスチナ訪問が主目的であった。イスラエルのシャロン首相とパレスチナのアッバス議長を引き合わせて三者で写真におさまり、中東和平へ貢献するパフォーマンスを行うことが目的であった。その思惑がシャロン首相の急病ですっかり狂ってしまった。もっとも、シャロン首相は、既に倒れる前から三者協議には応じないと断っていた。中東和平については米国の仲介しか認めないのがイスラエルの方針である。こんなことも知らずに小泉首相に花を持たせようと奔走した外務官僚の無能さにもあきれ果てるが、中東紛争に知識も関心もないくせに写真におさまることなら何でも飛びつく小泉首相の浅薄さには、ほとほとうんざりさせられる。
 シャロン首相が倒れた時点で中東訪問は中止されるべきであったのだ。そういえば豪州で行われる予定の日米豪外相会議が取りやめになったことについて、麻生外相は「出張中にシャロン首相が死んでしまったら途中で引き返さなければならないから取りやめになった」、などと軽口をたたいて顰蹙をかっていたが、まだそっちの方が正直だ。
 用も無いのにトルコに行って小泉首相は何をしてきたのか。その間の新聞報道を私は丹念に追ってみた。ところがどの新聞もまともにその成果を報じている記事が見当たらない。エルドアン首相との首脳会談後の記者会見について中味のある報道は皆無である。それはそうだろう。「トルコからも相撲力士を送ってください」などというような話しを首脳会談でしているのだから。
 その一方で次のような報道が目立った。「トルコ日本基金文化センターとアナトリア文明博物館を視察した。文化センターでは碁や日本語、折り紙など日本文化を学ぶトルコ人の姿を視察。漫画を読んでいたトルコ人男性に、『日本の(麻生)外相は漫画が大好き。漫画を読むと最近の若い人が何を考えているかがわかるんだよ』と話しかけた。折り紙教室では子どもたちに自ら折鶴を折ってプレゼントした。」(12日読売)。これが東京新聞だと次のような報道になっている、「首相は図書館で日本語を勉強しているトルコ人男性に『漢字を習ってるの?・・・同じ分という漢字でも1分はいっぷん、2分はにふん、ここが難しい』とにわか先生に。トルコ日本基金理事長から『首相にならなければ先生になっていましたね』と感心されていた」
その他には、湾岸戦争の時脱出する邦人を運んだパイロットに会って感謝した、という記事があったくらいだ。
帰国した小泉首相を報じた14日の毎日新聞では、「・・・ちょっと寂しい外遊だった。首脳会談はトルコのエルドアン大統領とのみ。中東和平への協力では一致したものの、具体的方策は今後の課題に終わった・・・ただ親日国トルコでの小泉首相の注目度は高く、同国の大手紙が、首相が坂本九さんの『上を向いて歩こう』を日本語でトルコの人々と歌うたう写真を1面で掲載。あちこちで握手を求められる場面も多く、首相は満足そうだった」などと書いている。
書くほうこんな文章を書いて恥ずかしくないのかと思う。もっとも書くことが本当になかったのだろうと同情する。それにしても壮大な無駄旅行だ。
上海日本総領事館員の自殺事件騒動に思う
 上海日本総領事館員の自殺事件をめぐる一連の外交的動きと報道振りについて、私には勿論意見がある。しかし何しろ人の自殺に関わることでもあり軽々に意見を述べることにはためらいがある。そんな中でニューズウィーク(日本語版)1月18日号のジャームズ・ワーグナー副編集長の意見は私の意見の一部を代弁してくれている。
「・・・04年5月に起きたこの事件を(今頃になって)週刊文春が報じると、日本の政府関係者は中国の裏切りに『心底驚いた』様子を示し、中国は日本の卑劣な非難に驚き、憤慨して見せた。お亡くなった領事の悲劇を軽んじるつもりは決してない。ただ日中両政府の態度は真に受けないでほしい。やられた側は抗議し、やった側はすべてを否定する。スパイ行為が発覚した際のお決まりのやりとりだ・・・
 心配なのは日本の対中政策だ(それが存在すればの話だが)。現時点では厳しい姿勢を示すのは妥当かもしれない。しかし政府指導者たちの攻撃的な態度を見ていると、冷静に熟考した現実的な政策というより、衝動に駆られた感情的なものに思えてくる。次の首相候補者と目される政治家たちはこぞってタカ派ぶりを強調しているが、日中関係がポスト小泉に向けた権力闘争の巻き添えになったりするのは見たくない・・・」
  ワーグナー氏の意見に加えて私の意見はこうだ。この問題は外務省にとって頭の痛い問題であったに違いない。だからこそ谷内事務次官が、秘密を部外に漏らす職員がいることに不快感を示したのだ。
この問題は表面化して争うべきものではない。なぜならばスパイ行為というものは、あってはならないことであるが、外交ではそのリスクがあることを前提に、その事態に適正に対応するように外交官の訓練がなされていなければならないからだ。女性関係をネタに脅迫されたということがあったとしたら、外務省幹部の責任でもあるのだ。
それが表面化すれば世論の手前上抗議をせざるを得ない。しかしスパイ行為を行った国が「ハイ、そうですか」と認めるはずはない。しかも世界中が見ている中で「お前がスパイ行為をやったのは、ウィーン条約違反だ」などと批判すれば、批判された国はそれを否定するほかはない。かくしてこの問題は日中間の出口の見えない係争になってしまった。
ただでさえ靖国参拝で険悪になった日中関係にまたあらたな懸案が突如として現れてしまった。外務省としては泣きたいところであろう。しかしその難題も、対応次第でダメッジコントロールが出来るはずだ。この問題がこれ以上不毛な日中間の対立に発展するかしないかは、ひとえに外務省の力量にかかっている。外務省も小泉首相や世間に叩かれてばかりいないで、たまには力量を示したらどうかと応援したくなる。
統治されることに馴れすぎた日本人
これも人の言葉の借用である。1月13日号の週刊金曜日に作家、映画監督の森達也が強烈な文章を書いていた。それはこの国の天皇制に対する問題提起であり、体制にあまりにも従順な日本人に対する警鐘である。彼の言葉を断片的に引用させてもらいながら私なりの思いを伝えたい。
「・・・ムッソリーニはパルチザンによって愛人とともに射殺され、その遺体はミラノの広場で逆さ吊りにされ市民たちによって辱められた。自害したと伝えられるヒトラーも、もし遺体が見つかっていたならば、おそらくはベルリンの市民たちに、同様の仕打ちを受けていたであろう。しかし昭和天皇は生きながらえた。それだけではない。皇居広場には大勢の人が集まり、『陛下に申し訳ない』と号泣し、割腹した人も大勢いた。国を破滅に導いた指導者に対してこの圧倒的な差異は日本人の精神性と結びついているのだろうか・・・
もっとも、この国は、アメリカの占領統治に対しても実に整然と従属した。米軍が警戒していたテロや叛乱など、殆ど起きなかった。民族主義を標榜する右翼も率先してGHQの走狗となっていた・・・当たり前のように統治されること。この国はその意識がとても強い。だからこそ歴史を通じて、市民革命は一度も起こらなかった・・・
発布された日本国憲法のいちばん最初の単語は何か。『日本国民』ではない。『朕』である。前文の前に、以下の勅旨が掲げられている、
 朕は、日本国民の総意に基づいて、新日本建設の礎が定まるに至ったことを深く喜び・・・枢密顧問の諮詢および・・・帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる・・・
(天皇制とは)憲法が「法の下の平等」の原則に反する例外を認めていることである。人間であることを宣言すると同時に、人間とは異質な存在にならざるを得ないという状況を、皇室は選択せねばならなかった。何のために?生き残るためだ・・・
天皇制は擬似求心力としてのフィクションだった。為政者が統治のためにこのシステムを利用してきたことは、歴史を見れば明らかだ・・・
日本国憲法が施行された時(47年5月)、日本は連合国の占領下にあった。東京裁判が終わったのは48年11月。つまり日本の戦争責任を裁いているその真っ最中に、日本国憲法は『朕』を自称する昭和天皇によって公布され、施行されたのだ。天皇の戦争責任を追及しようとする姿勢など米国にはまったくなかったことがよくわかる・・・天皇制というヒエラルキーは残し、一段高いところに占領軍が位置する統治政策を米国は選んだのだ。
人はこれを国体護持という。ポツダム宣言の受諾が遅れた理由は国体護持の明記がなかったからだといわれている。その間に広島と長崎に原爆が落とされることになった・・・
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