天木直人の公式ブログ

【バックナンバー】2006-02-24

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2月24日―メディアを創る
 老外交官を告白に向かわせたもの
 最近の報道で私が最も驚いたものに、日米密約に関する元外務省アメリカ局長吉野文六氏(87歳)の告白がある。71年の沖縄返還協定の陰で、米国が負担すべき土地の原状回復費用400万ドルを日本が肩代わりしたと告白したのだ。
 この密約の存在は、これまでも外務省機密公電の暴露(西山事件)や米国公文書の公開などで周知の秘密であるが、外務省高官、しかもアメリカ局長というまさに当時の担当最高幹部がその存在を認めたことは衝撃的だ。
 しかし私がもっとも驚いたのは、24日の朝日新聞で語った彼の次の言葉だ。
「(00年に我部琉球大学教授と朝日新聞が米公文書で密約の存在を見つけたとき)外務省の事務当局から電話があり『密約は存在しない』と否定してほしいと頼まれた」、「(西山事件のおかげで、問題の核心が密約文書の存在から、女性職員との情を通じた機密漏えい問題に世論の関心が移ったおかげで)国会で何度も嘘をついていたので個人的には助かった」、「とにかく沖縄返還協定を国会で批准させることが大事だった。あとは野となれ山となれという気持ちだった」、「国会でも法廷でも『忘れた』という以上、忘れなきゃいかん。意識的に記憶から消そうとしてきた。その方が良心の呵責を覚えなくてすむ」、「400万ドルの肩代わりというのは小さな密約(日米軍事同盟の裏にはもっと深刻な密約がある意)。米軍再編が続くなかで沖縄をどうするかという本質的な議論に移ってほしい」
 読者にはどこまでこの発言が凄いものかお分かりではないだろうが、これらの発言は今すぐ国会で証人喚問して追及すべき程の衝撃的なものなのである。外務省はさぞかし、「何を血迷ったのか、この老いぼれめ」と怒っていることだろう。その外務省に振付けられた政府や外務大臣は、「全くそういう密約はなかったと報告を受けている」(安倍官房長官)、「この話しは終わっている。外務省の態度に変化はない」(麻生外務大臣)。
 何が老外交官をしてここまでの告白に向かわせたのであろう。それはやはり小泉政権が住民の気持ちを無視して在日米軍再編へ突き進む事に対する抗議ではないのかと思う。自分の過去の誤りをここで吐露しなければ死んでも死にきれないという思いなのであろう。
 吉野局長は私がまだ外務省に入ったばかりの駆け出しの頃、アメリカ局長という仰ぎ見る立場にいた人であった。幹部にしては珍しい温厚で正直そうな人であった。写真で見るこの老いた外交官の勇気に私はひざまずいてその小さな体を抱きしめたい思いである。
ODAにしがみつく外務省
 小泉行革の一環として断行されようとしている政府系金融機関の一本化の動きのなかで、私が興味をもって見守ってきたのが政府開発援助(ODA)をどの政府機関が担当することになるかである。外務省は省をあげてなりふりかまわず工作を続けた。その甲斐あってなんとか主務官庁の地位を死守した。
 そもそもわが国のODAについては、技術協力と無償援助は外務省を主務大臣とする国際協力機構(JICA)が、そして有償援助(円借款)は財務大臣を主務官庁とする国際協力銀行がこれまで担当することになっていた。それが小泉行革の後は国際協力機構に一元化されるという。外務省の大勝利のはずであった。
 ところが2月22日の毎日新聞は一面トップで、この決着の裏で、外務省と財務省の間で「従来の権限関係を変更しない」という密約があったことをスクープしたのだ。このニュースが報じられるや安倍官房長は記者会見を開き、関係省庁の既得権益の温存を認める発言をせざるを得なかった。何のことはない。看板だけは書き換えても実態は従来どおりのニセ改革であるのだ。
 ここで問題にしたいのはそのような小泉改革の欺瞞ではない。何故外務省はそれほどまでに ODAの所管にこだわるのか。ODA絡みの利権が欲しいわけでは決してない。もっとけち臭い、しかし切羽詰った理由があるからだ。すなわちODAの所管を守れるかどうかは空洞化しつつある外務省の生き残りがかかっているのである。
 私が外務省に入って間もない頃、よく聞かされた言葉に「外交一元化」というのがあった。すなわち外交はこれを外務省が一元的に実施する、他の省庁には主導権を渡さない、という外務省至上主義のおごりである。
 国際化の進展に伴い外交が多様化、専門家する中にあって、外務省がそれらすべてを一元的に担当することなど出来るはずはない。それどころか、対米追従外交に安住する外務省は次々とその仕事を各省に奪われていった。挙句の果てに、米軍再編をめぐる日米交渉に見られるごとく、外交の要である安全保障政策の主導権までもいまや防衛庁に奪われる始末である。このうえODAまで手放せば、外務省には領事事務と儀典しか残らなくなって外務省そのものさえ不要になる。だから何があってもODAだけは手放すわけにはいかないのだ。問題はそのODA政策さえも外務省は満足に実施していない、できない、ということである。
 在日米軍再編反対集会に参加して
 2月23日の夕、私は日比谷公園野外音楽堂でおこなわれた在日米軍再編反対のための全国集会なるものに参加した。デモに参加することはあまりしたことがないが、たまたまこの集会を知ったので参加してみた。私はこの米軍再編に対する日本の協力は絶対間違いであると思うからだ。イラク戦争に反対したときと同じように、この歴史に残る間違いに体を張って反対したという事実を自分の人生に刻み込んでおきたかったからだ。
事実この問題は、日本が直面している数ある深刻な問題の中で、もっとも大きな、そして差し迫った問題であると確信しているからだ。3月にも最終合意がなされようとしている在日米軍再編の中間報告を撤回させることができなければ、日本は永久に米国の軍事駐留から解き放たれることはないからだ。護憲を訴える人たちこそ、在日米軍再編のデモに参加すべきだ。なぜならば改憲よりもはるか先に憲法違反の政策が行われるからだ。その後にいくら改憲を叫んでも無意味であるからだ。
デモの前に開かれた集会を最後尾で眺めていた私には言いようのない違和感を覚えた。私のような一般の市民は見かけなかった。のぼりを立てた労組関係者の集まりであった。壇上で演説をしていた福島社民党党首は、「今日はいい女のてんこ盛りです」などとしゃべって傍らの辻元清美を紹介していたが、演説が終わると皆そそくさと立ち去ってデモには姿を見せなかった。共産党の姿は一切見られなかった。この期に及んでも一緒に行動を取れない護憲勢力とは何であろうか。それとも共産党は別のところで共産党だけの集会や行進を行っているのであろうか。
私の目的はデモ行進であるのだからそのままデモに参加した。沖縄一坪反戦地主の団体が「入るところがなかったら一緒に行進しましょう」と声をかけてくれたので、沖縄基地撤廃の横断幕の端を持って一緒に歩いた。
外務省、大蔵省の間の道を登っていった。かつて夜遅くまで働いていた職場であったが今は巨大な国家権力の塊のように思えて拒否感が募った。官邸前を通るとき、「米軍再編に協力する小泉首相を許さないぞ!」というシュプレヒコールに、私もつい力が入って叫んでいた。衆参両院の前で待機していた国会議員に陳情して散会した。社民と民主の議員だけでやはり共産党の議員はいなかった。民主党議員の中には前回の総選挙で民主党に鞍替えした元社民党の横光克彦議員の顔もあった。
散会後一人銀座に向かって歩きながら疑問が湧いてきた。この熱気のなさは何であろうか。こんなことで一般国民の意識を目覚めさせられるのか。それとも他にもっと盛り上がったデモがあるのか。これから盛り上がっていくのか。国会議員はなぜデモに参加しないのか。今こそ市民を率先してデモの先頭に立つべきではないのか等など。
23日の毎日新聞「記者の目」に尾中香尚里という記者が書いていた。
「共産党と社民党の党大会を相次いで取材した・・・本気で改憲阻止を目指すなら、両党はもっと共闘すべきではないか。ささいな理念の違いに縛られ主導権争いに終始すれば、改憲に迷う国民を分断し、改憲阻止の逆効果になりかねない・・・」
それはそうかもしれない。しかし真の共闘など出来るのか。仮に出来たとしても社民、共産の共闘で国民がついてくるのか。民主党が分裂して旧社会党系が統一に加わっても大した力にはならないだろう。組織やイデオロギーを肥えて、普通の一般市民の平和の心を揺さぶるような政党、政治家が生まれてこない限り世の中は変わらないだろう。
やがて銀座の雑踏にたどり着いた。デモなどとはおよそ縁のない大衆の群れがそこにあった。
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