天木直人の公式ブログ

「沖縄密約」訴訟の判決に思う

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「質問主意書」新党をつくろう
 このブログの読者の中には間違いなく官僚がいる。だから本当はこんな事を書くと警戒されてしまうのだが、それを承知で敢えて書く。「質問主意書」新党を国民はつくるべきだということを。
 質問主意書は国会法74条にもとづいて国会議員が内閣に対して行う文書による質問である。内閣は閣議決定を経てその答えを議長を通じ7日以内にその議員に文書で答弁しなくてはならない。
 これを有名にさせたのが鈴木宗男である。一人政党の新党大地には国会での質問時間は割り当てられない。それを逆手にとって鈴木宗男は質問主意書を連発したのだ。残念ながら鈴木宗男の質問は外務省に対する嫌がらせのような次元の低い質問がほとんどであった。だからメディアも国民もこの質問主意書の本当の重要性に気づいていない。しかし、もし国会議員が国民に代って政府のさまざまな政策についてまじめな質問をし、政府を追い詰め、政府の答えをメディアを通じ国民に情報公開したらどうか。おそらく最も有効、かつ強力な情報公開の手段となるであろう。
 3月28日の日経新聞に、今大騒ぎをしている天下り問題に関する政府答弁書の記事が出ていた。国家公務員の天下りについて、政府答弁は「国民の目から見て押し付け的なものも含まれている」と認めたうえで、「官製談合等の背景には押し付け的なあっせんがあったであろう」と踏み込んだのだ。この表現をめぐっては、閣議決定の前の各省次官会議で次官の一部から反対の声があがりいったんは閣議決定見送りの観測も浮上したが、総理官邸側の判断で押し切ったという。そんな経緯があるほど政府を追い詰めた質問主意書であったのだ。無所属の国会議員である江田憲司衆議院議員が質問主意書を提出したからこそ、政府を追い詰められたのだ。
 いまや国会審議は完全に空洞化している。一方において自民党の八百長質問が延々と続き、野党の質問に対しては、政府はまともに答えようとはしない。共産党や社民党の弱小野党はろくな質問時間を与えてもらえない。こんな中での国会質問は茶番である。そんな質問を繰り返すよりも、良質で鋭い質問主意書をどんどんと政府にぶつけ、政府の政策を追及するほうがはるかに効果的である。
 そのためには国会議員に頼まなければならない。しかし大部分の国会議員は政党に属しているために、必ずしも国民の知りたい事、聞きたいことをそのまま質問してくれるとは限らない。しかも質問の手柄は所属政党のものになる。これでは本物の質問にはなりえない。
 だから新しい政党をつくるのだ。もっぱら国民に代って質問主意書を政府に提出し、その答えを国民に届ける役目を果たす国会議員を一人国会に送り込むのだ。たとえば私が何らかの形で国会議員になったとしよう。直ちに「質問主意書」新党を立ち上げて国民に呼びかける。国の政策について知りたいことはないかと。あるいは国民の中から有識者を集め良質の質問を作っていく。そしてそれらをどんどんと政府にぶつけていってその答えを国民に情報公開する。国民との連絡はすべてインターネットで行えばよい。自らのHPで公開してもよい。既存の政党に属さないので自由に何でもできる。国民の支持が広がれば複数の政治家を当選させることができるようになるだろう。政権政党など目指す必要はない。国民の声を代弁し、どの政党が政権をとろうとも、政府を監視し続ける「質問主意書」政党に徹すればいいのだ。国民の支持が広がり複数の優秀な政治家を擁するようになると、キャステイングボートさえ握れるようになるかも知れないのだ。これこそが私が考えるまったく新しい政党なのである。
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「沖縄密約」訴訟の判決に思う

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「沖縄密約」訴訟の判決に思う
 3月27日、東京地裁は、「沖縄密約」を否定した日本政府を相手取った元毎日新聞記者西山太吉氏の損害賠償の訴えを、「除訴期間(権利の存続期間、20年)を過ぎており、賠償請求権は消滅している」として棄却した。
 この事件については若干の説明を要する。沖縄返還協定で定められていた返還地の復元補償費400万ドルの米軍負担を日本政府が肩代わりするとの密約の存在が明らかにされたのは72年の国会審議における野党議員の質問からであった。しかし密約の存在の有無という本質的な問題がはぐらかされ、西山氏が外務省の女性職員をそそのかして極秘電信文を入手したというスキャンダルに世間の関心が集中した。西山氏は機密漏洩罪で起訴され、78年の最高裁判決により懲役4ヶ月執行猶予一年の刑に服する事が確定した。ところがその後2000年5月に密約の存在を裏付ける公文書が米政府の秘密解除により明らかにされた。西山氏は05年4月、「密約を否定した日本政府により名誉を傷つけられた」として損害賠償を求める訴訟を起こしていたのだ。その後06年2月に密約の当事者である吉野文六元アメリカ局長が北海道新聞などに密約の存在を認める発言を行うまでに至った。ここまで事実が明らかになったにもかかわらず、政府、外務省は一切なかったといい続けている。そんな中での西山訴訟であり、今回の東京地裁の判決であったのだ。
 この判決については次の三点を指摘しなければならない。ひとつはこの国の司法が政治権力に完全に屈服しているということだ。すなわちこの国の裁判官は政府に不利になる判決を決しておこなわない。一部の良識ある裁判官によって政府の犯罪が裁かれることがあっても、それは極めて例外であって、そのような判決を行う裁判官は批判され、左遷される。遺書まで書いて正しい判決を書かなければならないのだ。しかも、大方の裁判官の卑怯なところは、訴訟の内容を正面から受け止め、審理を尽くして政府弁護の判決を下すのではなく、今回のように訴えの資格がないという理由で退ける態度である。つまり裁判官の良心から逃げているのである。私は自衛隊のイラク派遣違憲訴訟の原告の一人として、この現実を目撃してきた。
 二つ目は黒を白といい続ける政府、外務省の脆弱さである。きょう(28日)の読売新聞はその社説で、「密約がなかったというこれまでの政府の答弁をもう撤回してもいい時ではないか」と書いている。あの読売でさえ、麻生外務大臣の「密約というものはございません」、小泉前首相の「外務大臣の答弁した通り。おかしいとは思っておりません」という答弁を、「言い張るな」と言っているのである。政府や外務省が、その時の判断が国益上正しかったと思うのであれば、米国の公文書が公開された時点でその存在を認めるべきであったのだ。その勇気さえ持たない今の政府、外務省の態度は、米国、英国を含め世界がイラク戦争の間違いを認めている今になっても、ただ一人「正しかった」と言い続けている態度とまったく同じである。事実を認める勇気がないのである。自らの政策に自信が持てないのである。後ろめたさを引きずり続ける政府や外務省は、やがて精神の荒廃を来たして内部崩壊していくであろう。
 三つ目はこの西山事件の重要性を深刻に報道しない大手メディアのジャーナリズム精神の放棄である。インターネットの急速な発展によって既存の報道メディアはやがてその存在価値が失われていくと言われている。おそらくそうなっていくであろう。権力におもねり、権力者の不正や真実の追究を怠るジャーナリズムはもはやジャーナリズムではない。彼らの行き着く先は娯楽番組だけになるのだろう。「やらせ」がここまで広く、深く浸透しているということはそういうことなのだ。嘘でもなんでも面白ければいいのだ。これはジャーナリズムではない。
 西山氏は、「勝ち負けの問題ではない。違法な秘密の問題性を発信し続けていく。最後までやる」と控訴の意向を明らかにしたという。私は一面識もないこの西山氏の勇気に喝采を送りたい。さまざまな権力の不当な犠牲になっている人たちはこの西山氏の苦しい戦いに支援を送るべきだ。正しいことを言い続ける者にはいつか必ず報われる時が来る。嘘を言い続けるものたちは自らの嘘の重みに耐えられず崩壊する時がいずれ来る。少数派がいつの日か多数派に逆転する日が来る。今の日本の混迷は、日本がその限界点に近づきつつある事を示しているような気がするのである。
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