天木直人の公式ブログ

ビルマと人権と日本外交

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ビルマと人権と日本外交
  国名を1989年にビルマから現在のミャンマーに変えたのは、88年の軍事クーデターで政権を奪った今の軍事政権である。その軍事政権がその時アウン・サン・スーチーさんを自宅軟禁した。その軍事政権にとうとう民衆が立ち上がった。その民衆に軍事政権が銃口を向けた。唾棄すべき行為だ。もはや軍事政権は一刻も早く国際社会の手でボイコットしなければならない。私のささやかな抗議の意味を込めて、このブログでは旧国名のビルマを使う。
  評価しうる何物もないビルマの軍事政権をここまで甘やかしてきたのは、国際社会における「人権」意識の未熟さだ。
  欧米諸国は早くからビルマの軍事政権を批判し続け、制裁を訴えてきた。もちろん欧米は植民地政策を推し進めたかつての帝国主義の国々だ。今日でも、人権を唱える一方で、傀儡政権の人権抑圧には目をつむるダブルスタンダードぶりを見せる。それでも、世界史の中でいち早く民主革命を起こした国々である。人権問題の重要性については国民の間で認識の一致がある。人権問題に冷淡な人間は指導者として糾弾される。
  今回のビルマ軍事政権の暴挙に際し、国連安保理の制裁措置発動に一人反対したのが中国である。私はここに中国と言う国の限界を見る。私は中国が共産主義国であるから批判するのではない。人権に対する意識が、いつまでたっても低いところを批判するのだ。
  アセアン諸国もしかりである。いまでこそ難民流出をおそれてビルマに対する圧力を強めつつあるが、これまでアセアン諸国はビルマの軍事政権を批判してこなかった。それは、仲間どうしで批判し合わないというアジア特有の温情主義があるのかもしれない。しかしより正確に言えば、アセアン諸国はいまだ人権を最優先の価値と見ていないからだ。自らの国が人権抑圧をしているからだ。
  そして日本である。これまで日本はビルマの軍事政権批判に対しては欧米諸国と一線を画してきた。とくに米国がビルマの軍事政権に批判を強める中で、日本だけはビルマ軍事政権を擁護してきた。これをもって対米独自外交であると勘違いする向きがある。しかし本当はそんな立派なものではない。確たる理由のないビルマ擁護だ。
   ビルマという国はいまでこそ天然ガスなどの資源がある国であり、その限りで国際社会が重視し始めた国であるが、かつてのビルマは欧米諸国にとって取るに足らない国であった。だからその国へ日本がどのような政策をとろうとも見逃す事が出来たのだ。米国が関心を持たない限りにおいて、日本の自主外交が許される。その自主外交がビルマ軍事政権の人権抑圧に対する甘やかしである。
   歴代の日本の駐ビルマ大使はなぜかビルマ軍事政権に甘い。それはかつてのビルマが日本と共に英国と戦ったとか、ビルマ国民が親日的であるとかの理由によるのだろうが、本当のところは軍事政権に抑圧されたビルマ人に対する人権意識が希薄なのである。その一方でアウン・サン・スーチーさんに対しては距離を置く。英国に影響された運動家に過ぎないと突き放す者もいる。
  このような日本政府の態度を如実に物語っているのが、日本の指導者たちの一連の次の言葉だ。
「解決するには一体何をしたらいいか、外務省で一生懸命考えている最中だ」(福田首相 28日朝日)
「まだ(国連などで)具体化しているわけではない。直ちに制裁ということを、わが方から言及する必要はない」(町村官房長官 28日読売)。
「経済援助をとめても困るのは民衆だけ」、「制裁だけを声高に言えばいい欧米とは事情が違う」、「追い込めばミャンマーを中国に近づけるだけだ」(外務省幹部 28日 毎日)
  いずれも彼らが昔から繰り返してきたセリフだ。
 このような日本政府の人権音痴ぶりに抗するかのように、毎日新聞記者の次の言葉が光っていた。正確な日付を忘れたが、たしか9月24日ごろの毎日新聞であった。「記者の目」というコラムの中でアジア総局、藤田悟記者が書いていた。少し長くなるが、是非読者に読んで欲しいと思って抜粋する。
 政府よりも国民の方がはるかに人権に敏感であるところに、日本の将来への救いを見た。
「・・・どうして国民は立ち上がらないのかと私が問うと、(ビルマの知人は)『国民の間にはまだ88年の恐怖がしみついている』と悲しげに言った。それでも今回、軍事クーデター以来19年間の圧政に耐えかねた国民が立ち上がった。国民倫理を実践する仏教の僧侶たちが数万人規模で先頭に立った。
僧侶たちのデモ隊が22日、自宅軟禁の続く民主化運動指導者アウン・サン・スーチーさんの自宅前を通ったとき、スーチーさんが約4年ぶりに市民の前に姿を見せた。目撃者の話では。僧侶たちに向かって合掌したスーチーさんは涙を流していたという。
かつて私は数回、スーチーさんに単独インタビューする機会があった。彼女が部屋に入ってくると、室内の空気がピーンと張りつめる。圧倒されるような気丈さと清廉さを併せ持つ人だという印象が強く残っている。人前ではめったに涙を見せることのない彼女が泣いたことに、私は胸を打たれた。
軍事政権は、国民の間で絶大な人気のあるスーチーさんの軟禁を続け、その影響力をそぐ戦略を続けている。拘束・軟禁の期間は通算12年に及び、スーチーさんは外部との接触をほぼ完全に断たれている。孤独の中で、いつの日にか訪れるであろう祖国の民主化を願って日々の生活を送っている彼女が、軍事政権の圧政に対して立ち上がった僧侶たちの姿を目の当たりにして、思わず涙がこぼれたのであろう・・・
この危機的状況に際し、積極外交に乗り出して最悪の事態回避に出来る限りの努力をする国際的責務が日本にはあるのでないか・・・」
 日本政府や外務官僚はこの言葉を何と聞く。
 
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