天木直人の公式ブログ

2007/9( 2 )

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お知らせ

フォートルイスと座間
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フォートルイスと座間

 フォートルイスと座間  フォートルイスとは米国シアトルの南80キロにある米軍基地の町である。そこには米陸軍第一軍団司令部がある。  座間とは在日米軍のキャンプがある神奈川県の座間である。  小泉政権下の日本政府は、国民に説明することなく、ましてや国民の了解もなく、米陸軍第一軍団司令部を神奈川県の米軍基地キャンプ座間へ...
拉致問題に関する福田康夫の発言
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拉致問題に関する福田康夫の発言

 拉致問題に関する福田康夫の発言    安倍辞任後の政局に関する新聞、週刊誌の記事は、可能な限りすべての記事に目を通したつもりだ。どの記事も似たり寄ったりの記事ばかりだった。感心させられるような鋭い解説はほとんどお目にかからなかった。その中でも、週刊文春9月27日号の「逃げ足の早い小泉純一郎こそ、どう考えてもA級戦犯だ...
国連を利用してテロ特措法延長を画策する外務省
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国連を利用してテロ特措法延長を画策する外務省

国連を利用してテロ特措法延長を画策する外務省  今日のブログはこれで決まりだ。19日の読売新聞や日経新聞が大きく報じていた。報道のポイントは、急遽外務省が米国と結託して、日本の給油活動に謝意を表するという国連決議を成立させようとしているというニュースである。  これが奏功すればすべて解決する。テロ特措法の延長はおろか、...
日朝平壌宣言の交渉過程を検証せよ
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日朝平壌宣言の交渉過程を検証せよ

日朝平壌宣言の交渉過程を検証せよ   小泉前首相が逃げていく。しかし逃がすわけにはいかない。どうしても問いたださねばならない事がある。それは、一つはブッシュ大統領のイラク戦争を支持した背景である。もう一つは日朝平壌宣言の交渉過程における裏取引についてである。野党は福田政権が発足すれば、真っ先にこれら二つの小泉外交の検証...
政局談義ふたたび
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政局談義ふたたび

政局談義ふたたび  もう政局の話はしないつもりだった。しかし自民党の総裁選が終るまで馬鹿騒ぎは続く。国会で首班指名が行われ、福田自民党と小沢民主党の対決が始まらないうちは政治は凍結だ。参院選後2ヶ月もたって、政策は何一つ進展していない。気の遠くなるような政治不在だ。  その間にもメディアは無意味な政治評論を繰り返す。番...
総理、政府の存在そのものが不要である事が証明された
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総理、政府の存在そのものが不要である事が証明された

 総理、政府の存在そのものが不要である事が証明された   私がたびたびこのブログで指摘してきたことであるが、小泉前首相の唯一の功績があるとすれば、この国の総理は誰でもつとまる事を見事に証明してくれたという事である。   もちろん、これは冗談半分だ。ところがそれが冗談でなかったのだ。小泉前首相本人がそう言っていた事を知っ...
人の心とは、涙とは、そして人間とは
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人の心とは、涙とは、そして人間とは

 人の心とは、涙とは、そして人間とは   私がブログを書くときは、様々な状況で書く。普段は机に向かって一心に書くのだが、時には旅先で、時にはテレビを見ながら、音楽を聴きながら、あるいは酒を飲みながら書く。そのテーマは殆どが政治や外交や世の中の不正義に対する問題提起であり告発である。今も米国の中東政策の不正義について書い...
アーミテージの言葉のすべてを否定する

アーミテージの言葉のすべてを否定する

アーミテージの言葉のすべてを否定する   私が自らの経験で自信を持って語れるのは日本の外交であり、その中でも中東和平の問題である。だから16日の読売新聞一面に掲載されていた「地球を読む」の中のアーミテージ前米国務副長官の寄稿、「中東の安定化に関する日本の役割」について、どうしてもこのブログで反論しておかなくてはならない...
優しい世代
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優しい世代

  優しい世代  12日の毎日新聞「発信箱」で、礒崎由美という記者が、「優しい世代」というタイトルのコラムを書いて一つの問題提起をしていた。東京でこの夏に行なわれた20歳―30歳の若者のトークライブにおける激論を聞いた後の所感であるという。  会社や組織を嫌い、わが道を行くタイプは昔からいた。しかし最近の若者の労働観は...
佐藤・マクナマラ会談が明かす沖縄返還交渉の原点
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佐藤・マクナマラ会談が明かす沖縄返還交渉の原点

佐藤・マクナマラ会談が明かす沖縄返還交渉の原点  15日の読売新聞が、14日に外務省が追加公開した沖縄返還交渉関係の外交文書を報道していた。これは一月ほど前に外務省が公開した外交文書が、報道関係者たちから「不十分だ」と抗議され、追加公開を約束したことに基づいたものである。  その中に、67年11月に訪米した際の、佐藤栄...
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