天木直人の公式ブログ

いまこそ日米軍事同盟の実態を直視する時だ(後編)

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   いまこそ日米軍事同盟の実態を直視する時だ(後編)
  政府が国民に真実を説明することなく(詭弁を重ね続け)、それを野党が国会で厳しく追及することも出来ず、従ってほとんどの国民が何も知らないままに、日本の防衛政策は米国の戦争に協力するものになり下がってしまった。もちろんこれは憲法9条の完全な否定である。
  テロ特措法はそのような米軍への従属的な安保関連法の、ほんの一部である。テロ特措法に違反して行われてきた補給活動は、数ある安保関連法の欺瞞の、氷山の一角なのである。
  その氷山の一角さえ満足に追及できない今の国会において、日米軍事同盟そのものの違憲性を正面から喝破できるできる政治家は今の日本にはいない。そうであればこそ、少なくとも我々国民は、そのあまりにも膨大な憲法9条違反の積み重ねを、ここであらためて振り返り、確認しておく必要がある。 前田哲男元東京国際大学教授は近著「自衛隊 変容のゆくえ」(岩波新書)において見事にこの作業を果たしている。その著書に敬意を表しながら、以下まとめてみる。米国に従っていく事が正しいと、誰が本気で思うというのか。そういう国民がいるとすれば、それは自己欺瞞か売国者に違いない。
  1951年サンフランシスコ平和条約締結によって、わが国は米国を中心とする西側自由主義陣営の一員として国際社会に復帰した。その同じ日に日米安保条約が署名された。以来、米軍駐留と引き換えに極東ソ連軍からわが国を守る、いわゆる日米安保体制がはじまった。
  冷戦構造を前提に作られたこの日米安保体制は、しかし、1989年の冷戦終結とともに根本的に見直される必要に迫られた。そしてこれに対応する米国の動きはすばやかった。
  1993年に発足したクリントン政権は「ボトムアップレビュー」と呼ばれる「軍事力と基地配置の全面的な見直し」をはじめる。
  1995年2月、クリントン政権の国防次官補ジョセフ・ナイ(国際政治学者)はナイ・リポート(イニシアティブ)と通称される文書を公表し、「日米同盟はアジアのみならず世界の平和と安定の維持という広範な利益をもたらしている」事に言及し、冷戦後の日米同盟のあり方について日本側に見直しを迫る。
  1996年4月、来日したクリントン大統領と橋本龍太郎首相との首脳会談で、「日米安全保障共同宣言―21世紀に向けての同盟」が発表される。この宣言は、ナイ・イニシアティブに沿って、地理的範囲を取り払った共同行動への移行宣言であった。つまり本来ならば安保条約を見直すべきところを、政策決定の形で安保再定義を行うという超法規的ごまかしの始まりであった。
  同時にこの宣言で1978年に合意された「ガイドライン」(日米防衛協力のための指針)の見直しをはじめる事に合意する。
  1997年9月、「新ガイドライン」の最終報告が両国政府に報告、了承される。この新たな文書の中で、唐突に、「日本周辺における事態=周辺事態」という言葉が現れる。この周辺事態の概念は、地理的なものではなく、事態の性質に着目したものであるという、最後まで曖昧なものである。
  1998年4月、「新ガイドライン」の実効性を確保する為の「周辺事態法」が閣議決定され、直ちに国会に上程される。
  1999年5月 周辺事態法が成立。国会審議の過程において政府は最後まで周辺地域の地理的特定には応じようとしなかった。法案には自衛隊による米国軍への後方支援もあわせ定められた。交戦中の米軍を後方支援することは憲法に違反することはないと、政府は突っぱり続けた。
  2000年11月、船舶検査活動法成立。周辺事態法でいう後方支援活動の中に、政府は当初外国船舶の臨検も含めようとした。しかしこれは「国の交戦権」の行使に触れるきわどい支援活動であったため、国会論戦を切り抜ける自信がなかった政府は法案から一旦外した。しかし米国からの強い要請に抗しきれず翌年、名前を「臨検」から「船舶検査活動」に変えて成立させた。
  村山、橋本、小渕、森の間に進められた一連のわが国の防衛政策の対米従属の動きは、小泉首相の5年半で完成された。そしてその間に9・11が起きて、米国が終わりのない「テロとの戦い」に突入して行った。ブッシュ政権は米軍の再編を進め、在日米軍の再編と自衛隊の従属を小泉政権に求めてきた。小泉首相はこれをすべて丸呑みした。
  2001年10月、テロ対策特別措置法成立
  2003年12月イラク人道復興支援特別措置法成立
  2005年10月29日、日米安保協議委員会(いわゆる2プラス2)で「日米同盟:未来のための変革と再編」文書が採択される。これは「テロ」と戦う米国の米軍再編に対する全面的協力であり、95年のナイ・リポートから始まる「安保再定義のフナーレ」である。本来ならば安保条約改定、憲法9条改憲という形で国会、国民の前で議論さるべき歴史的一大事を、政府間の合意文書で応じてしまった。
  小泉首相が完成させた米軍への従属への置き土産は、安倍政権になって2007年1月9日、自衛隊法の改正という形で実現される。これは表向けには防衛庁の防衛相への昇格であるが、その実態は自衛隊の海外活動を「公認」し、さらにそれを「本来任務」としたことであった。
  もはや日米政府に残された課題は憲法9条の破棄だけである。しかも9条改憲はもはや急ぐ必要はない。憲法9条の下で、憲法9条を完全に否定する事を粛々と進めていけばいいからだ。大手を振ってどんどんと憲法9条違反が積み重ねられていく。もはや憲法9条が有名無実となり、皆があきらめた時に論争なく改憲すればいいのだ。
  今の国会議員の中から一人でもいい。現れてくれないだろうか。憲法9条を掲げて日米軍事同盟のこれ以上の進行を食い止める事の出来る政治家が。斉藤隆夫や石橋湛山の如く、その言葉で平和を訴え、米国からの自立を国民の心に共振させる事のできる最強の護憲政治家が。
  
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