天木直人の公式ブログ

 現実に何が起きているか、行なわれているか、を直視する、自分の頭で考える。

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 デニス・クシニッチ、きくちゆみ、安濃一樹、ロバート・フィスク
  これから書くことは、私の独り言である。そう思って読み流してもらいたい。
  私は7月3日のブログで、一人の外交官でも、本気で仕事をすればかなりの仕事ができる、という事を書いた。
  実は、それは自分自身に向けた反省の言葉であった。
  もう一度時計の針を戻せたら、と思う事は、誰にでもある。そして、たとえもう一度やり直せるチャンスが与えられても、おそらく我々はまた同じ間違いを繰り返すに違いない。
  それでも、私は時々思う。あの時もっと真剣に生きていたら、本気で仕事に取り組んでいれば、と。
   今、私が最も関心を持って眺めている米国の政治家の一人に、オハイオ州下院議員のデニス・クシニッチ(民主党)という議員がいる。
   あの時彼にあっていたならば、と悔やまれてならない。
   私は1997年9月から2000年11月までデトロイトの総領事をしていた。その管轄地域はミシガン州とオハイオ州だ。
   二つの州の知事や上下院議員に、つとめて会って人脈を構築するのも外交官の仕事である。
   デトロイトのあるミシガン州では殆どの政治家をたずねた。しかしオハイオ州では何人かの政治家に、ついに会うことが出来なかった。そのうちの一人がクシニッチ議員であった。
   約束まで取り付けていたのだが都合により取り止めとなった。日程を調整して後日会う事にしているうちに、任期が終わって帰国することになった。
   その彼が、イラク攻撃に反対し、ブッシュ大統領を弾劾するような人物だとは、その時は気づく事はなかった。
  イラク攻撃を行なって多くの人命を犠牲にした、その自らの誤りを正当化するために、隠蔽、盗聴、拷問など、数々の人権無視、憲法違反を繰り返すブッシュ大統領。
  そのブッシュ大統領を、35に上る理由を挙げて弾劾する決議案を議会に提出した政治家がデニス・クシニッチである。この事を私は6月16日のブログで書いた。
  その時の米国議会風景を描写した記事を、ネット新聞日刊ベリタ(www.nikkanberita.com)
7月5日号に見つけた。
  安濃一樹という名の記者が書いたその記事は、たった一人でブッシュ大統領と向かあうクシニッチ議員への心からのオマージュである。
  その文章を読んだ時、私はこの見知らぬ記者のジャーナリスト魂に、久しく忘れていた身震いするほどの感動を覚えた。
  なかでも次の言葉ほど私のブログの目指すところを言い当てている言葉はない。
 ・・・私たちに必要なのは、思想ではなく、戦略でもない。まして権力でもない。倫理という権威に支えられた信念である・・・
   その通りだと思う。これだけの言葉を吐けるジャーナリストが日本にもいたのだ。
   そう思って安濃一樹という記者の事を調べていたら、彼は翻訳家でもあり、ロバート・フィスクの著書を翻訳している事を知った。その事だけで私は安濃一樹を信用する。
  ロバート・フィスクという名を久しぶりに目にして嬉しくなった。
  英国ジャーナリストであるロバート・フィスクは、私がレバノン大使であった頃、レバノンに滞在し、良質な記事を精力的に書いていた。
 そのロバート・フィスクと偶然友人のホームパーティで会い、話していくうちに、米国やイスラエルのパレスチナ政策に批判的な立場で意見が一致した。彼の中東政治を見る目は、私には随一に思える。
そのロバート・フィスクが不快な顔をした瞬間があった。おなじく中東専門の米人ジャーナリストであるトーマス・フリードマンの名前を私が口にした時だ。
 「彼と一緒にしてもらっては困る」
 米国・イスラエルの御用ジャーナリストとは自分は違うのだ、と言いたかったのだろう。
 話をクシニッチ議員に戻そう。
  クシニッチ議員がいかに平和を愛する良心的な政治家であるかを私に教えてくれたのは、きくちゆみという女性平和活動家である。私が外務省を辞めたばかりの頃、雑誌のインタビューで知り合った。
  米国の政治家にも、このような反戦、平和の塊のような政治家がいた。その喜びで、オハイオまでクシニッチ議員に会い行ったと言う行動派の人である。
  クシニッチ議員と会って意気投合し、彼のこころざしを日本に紹介しようと頑張っている。おそらくクシニッチ議員を個人的に知っているただ一人の日本人に違いない。
  この世の中には、実にすぐれた人たちがいる。国籍も立場も知名度も、それぞれ違ってはいても、そのこころざしにおいて、そして能力において、すばらしい人たちが、無数に存在する。
  我々の短い一生において、一人の人間がめぐり合う、そのような人たちが、ほんのわずかな人たちでしかない事を残念に思う。  
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 現実に何が起きているか、行なわれているか、を直視する、自分の頭で考える。
  今回のサミットをどう評価するか、いくつかのメディアから問い合わせがあった。
  いつもの事だけれど、誠意をもって思っていることを答えた。
  しかし、それが正確に伝わっているか、その言葉が正しく書かれるか、そもそも私のコメントが取り上げられるか、それはわからない。
  メディアは報道方針が決まっているのだ。それに合わなければ取り上げない。取り上げられたとしても、その発言をシナリオにそって脚色して報じる。
  今回のサミットを大成功だったと書く報道はまずないであろう。濃淡はあるが批判的な報道になる。
  しかし、私は今回のサミットがまったく無意味なサミットだったとこき下ろす報道に与しない。
  そもそも今回のサミットは具体的な成果を期待するほうが無理なサミットであった。
  それは福田総理の指導力がないとか、支持率の低い、たそがれの首脳ばかりが集まった、などという問題ではない。
  直面する問題が大きすぎる上に、的が絞れなかった。その時点で結果は見えていた。
  あえて言えば、議長国の日本が、その特権を生かして議題を絞り込み、達成すべき目標に向かって何かを成し遂げる、という戦略がなかった。責められるべきはその事であろう。
  しかし、それとても無理だったに違いない。何しろ日本は米国に面と向かって批判的なことは何も言わない、言えない国になってしまっているからだ。すべてはここに帰着する。
  米国のイラク攻撃に伴う政治的、経済的損失が米国を弱体させ、今日の世界に、そのつけが及んでいる事は、もはや心ある人は誰でも気づいている事だ。
  しかし、その事が、サミットの議題にまったく上らない。まるでタブーのごとくだ。
  それはあたかも、あの米国の間違ったイラク攻撃を止めさせる事が出来なかったサミットメンバー国が、自らの無力を恥じ入り、その現実から必死で目をそらせようとしているかのごとくである。
  そんなサミットに成果を求めるほうが無理と言うものだ。
  サミットが行なわれている最中に、カブール中心部のインド大使館前で自爆テロが起こり41人が死亡し、イスラマバード中心部の商店街で自爆テロがあり19人が死亡したと報じられた。イラクでは中部バクーバの市場で女性が自爆し9人死亡、12人が負傷した。
  いずれも8日の新聞が伝えていた。
  その米国は、ついに兵士が足らなくなって、知的障害者と知りながら借り出して戦地に向かわせている。偵察部隊に投入され、その兵士は判断力の欠如から、たちどころに犠牲になっている。7月9日号のニューズウィーク日本語版がその告発記事を書いている。おぞましい記事だ。
  ここまで米国は狂ってしまっているのだ。
  その米国を誰もがとめられないでいる。
  無論、一般市民である我々は、米国を止められないどころか、その米国に従属する日本政府さえも正す事ができない。
  ブッシュ大統領は正しいと絶叫してイラクに自衛隊を投入した小泉元首相を、今でも持ち上げる国民があまたいる国だ。
  しかし、今何が起きているのか。世界で、そして日本で、権力者が何を行なおうとしているのか。それだけは、目を見開いて直視しなければならない。逃げてはならない。
  それは誰にもできることだ。そして直視すれば、嫌でも自分なりの考えが思い浮かぶはずだ。
  世の中はこれでいいのか。日本はこれでいいのか。
  そう自分の頭で考える時が、始まりの時である。
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