天木直人の公式ブログ

 つくづく思う。この国はリーダー不在の迷走状況に陥ってしまった。

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 昭和天皇とマッカーサー
  あなたは昭和天皇とマッカーサーが、二人だけで11回も会見した歴史的事実を知っていたか。
  しかも、1947年に新憲法が施行され、天皇が象徴天皇となり、一切の政治に関与しないとされた後も、何度もマッカーサーと会って日本の戦後を規定する安保体制をマッカーサーに頼み込んでいた事を。
  私は知らなかった。
  少なくとも豊下楢彦氏の「安保条約の成立ー吉田外交と天皇外交ー」(岩波新書、1996年12月発刊)を読むまでは。
  その著書は、部分的にしか公表されていない昭和天皇とマッカーサーの会見記録を丹念に読み解いて、一つの仮説を立てている。
  すなわち、当時の吉田首相と外務官僚たちが必死になって安保条約を「五分五分の論理」で対等のものにしようと粘り強く交渉していた時に、その一方で昭和天皇がマッカーサーと二人だけで会談し、日本をソ連共産主義の脅威から守って欲しいと直訴する二重外交が行なわれていたのではないか、という推論を、当時京都大学の助教授であった国際政治学者の豊下楢彦はその著書で展開したのだ。
  昭和天皇の戦争責任を語る時、我々はマッカーサー回顧録で明かされている昭和天皇のお言葉を通説として信じてきた。
 「すべての責任は私にある、私の一身はどうなってもいい・・・」と言う例のお言葉である。
 そしてそれに感動したマッカーサーが、天皇の免責を信じたと言う事になっている。
 しかし、豊下の仮説は、それを根本的に覆すものである。
 だからこそ世の中に受け入れられる事はない。
 それどころか、作為的に目立たないものにされてきた。
 その豊下が、この7月に岩波現代文庫から「昭和天皇・マッカーサー会見」と題する著書を出した。
 私はそれを早速読了した。
 そして唸ってしまった。豊下の推論がさらに精緻に組み立てられていたのだ。
  豊下が前掲の「安保条約の成立」を世に発表した96年から12年の年月が経った。
  その間に、彼の研究は更に深められた。
  しかもその間に富田宮内庁長官の日記の公表などという新たな資料も出てきた。
  そして何よりも安保体制そのものが、いまや日本をソ連共産主義から守る事から離れ、米国の戦争に追従する足かせのごとくなりつつある時代の変遷がある。
  米軍駐留に基づいた安保体制の構築は、なによりもまず天皇制の防衛のためであった、その意味で安保体制こそ戦後日本のあたらな「国体」であった、と、豊下はその「はしがき」で言う。
  この「昭和天皇・マッカーサー会見」という本は、おそらく豊下の覚悟を固めたライフワークに違いない。
  日本国民必読の書である。
  しかし私がそう言ってみたところで、何の影響力もない。それどころか、この本の価値をかえって下げるだろう。
  そう思ってこのブログで書評を書くつもりはなかった。
  ところが、今発売中の週刊文春(7月31日号)の書評欄で評論家の坪内祐三が絶賛している事を知った。
  自分は知らなかった。昭和天皇とマッカーサーが11回も会って日本の将来を決めていたなんて・・・と。
  坪内のような気鋭で保守派の論壇が、豊下のこの本を書評で取り上げて評価しているのだ。
  その事をこのブログで紹介したかった。ただそれだけである。
  
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 つくづく思う。この国はリーダー不在の迷走状況に陥ってしまった。
  27日のブログで私は福田首相にエールを送った。もはや失うものはない。一刻も早く自分の意見を鮮明に打ち出し、今の閉塞感を打ち破るべきであると。
  あれほど無茶苦茶な事を行なった小泉元首相でも、開き直れば国民は黙るのだ。
  それほど首相の権力は大きいのだ。
  あなたの判断が小泉元首相の判断より劣っているはずはないだろう、と。
  小泉元首相との対比で、私は就任時より福田首相に好意的であった。同情的であった。
  その中間に登場した安倍前首相は、もはや私の頭には存在しない。
  しかし、どうやら福田首相に、そんな期待をかけることはむなしかったようだ。
  月末の内閣改造が見送られる事になったらしい。
  その最大の理由が、WTO交渉が延期された事によって閣僚不在になるからだという。
  もしこれが本当であれば、福田首相に総理を続ける資格はない。
  WTO交渉における甘利、若林両大臣の役割はほとんど皆無に近い。
  なにしろ「「死活問題だ」と悲鳴を上げる農業関係者の立場を守れなかったのだ(29日東京新聞)。
  その一方で中国は、自動車、家電の関税撤廃交渉に反発し、土壇場になって反対姿勢を高めているという。インドも同様だ(29日読売新聞)。
  中国、インドが反発すれば交渉がまとまらないと恐れられ、日本が反対すると、「孤立するぞ」と相手にされない。
  こんなWTOの交渉に両大臣を出席させ続ける意味はまったくない。副大臣とか政務官に後を任せ、直ちに帰国させるべきだ。そして両大臣を改造内閣で直ちに更迭すればいいのだ。
  もう一つ。臨時国会の招集日がいつまでたっても決まらない。
  その最大の理由が公明党の意向であるという。
  しかし公明党は福田首相では戦えないと公然と言い出している。もはや自民党の政権陥落必至と見切って、民主党にシフトしつつあると報道されている。
 それが本当ならば福田首相は、今こそ自分の判断で内閣改造、臨時国会の召集を決め、国民にそのリーダーシップを示すべきではないか。
  福田首相に、内に秘めた深謀遠慮の強い決意があれば別である。
  しかしひょっとして、「どうしたものか」ととぼけるいつもの発言が、本当に「どうしたものか」と迷っているのかもしれない。
  そうだとしたら、これほど情けない事はない。選挙に勝てないどころではない。首相を続けてはいけない。
  29日の東京新聞の政治コラム「政理整頓」で谷政幸論説副主幹が、「自存自衛」の公明党にあおられっぱなしの福田首相と自民党執行部を、「政権の活力が乏しい。ひょっとしたらこれは、衆院三百の自民バブルの崩壊である」と不穏な予言をしている。
  しかし、政局を閉塞させてるのは実は野党なのだ。
  ここまであらゆる状況が行き詰まり、国民が悲鳴を上げているというのに、早く国会を開いて論戦を挑み、自公政権を追い詰めるという気迫が一向に伝わってこない。
  29日早朝のみのもんたの朝ズバッという番組で、毎日新聞論説委員の与良正男が言っていた。   「なぜ野党は早く臨時国会を開くよう福田首相に迫らないのか」と。
  これこそ誰もが感じる事だ。
  そういえば29日の各紙は、「ネット献金」超党派議連が8月1日に発足する事を報じていた。
  オバマ米大統領候補の予備選勝利の原動力がネット献金で莫大な政治資金を集めたから、それにあやかる為だと言う。
  民主党の菅代表代行や自民党の加藤紘一らが呼びかけ、国民新党の糸川正晃、社民党の辻元清美、浅野史郎前宮城県知事らが名前を連ねているという。
  政治の世界で生き残りたいともがく、おなじみの顔ぶれである。
  つくづく思う。
  今この国はリーダー不在のまま、国民生活を救う事の出来ない迷走状況に陥ってしまった、と。
  既存のすべての政党、政治家を否定して、まったく新しいもう一つの政治をつくらないとダメだ。
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