天木直人の公式ブログ

曖昧政治のなせるわざ

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 11月20日のブログで書いた通りになった。
 真っ先に報道されるのが厚生次官OBの殺傷事件である日が続いている。
 ニュース解説もそのことばかりだ。
 犯人が捕まる前もはもとより、捕まった後も、そのことばかりが報じられている。
 確かに異常な事件だ。犯人が自首した後も不自然さが残る。
 真相解明までニュースが続く事はやむを得ないだろう。
 真相は国民が是非とも知りたいところだ。
 それにしても、その他のニュースがすべて吹っ飛んでしまった感がするのは、やはり危険である。
 あの田母神論文事件も、かき消されてしまったニュースのひとつだ。
 11月24日の毎日新聞の文化欄で、川副令(かわぞえれい)という若い学者が、田母神論文事件を招いた原因は、日本の政治がつねに曖昧なかたちで物事を終わらせている事にあるからだ、と、要旨次のように書いていた。
 ・・・田母神氏に対する大方の批判のよりどころになっているのは、同氏の歴史認識が政府の公式見解と大きく食い違っている事実である。ところが、この政府見解の基礎となっている1995年8月15日の村山談話は、歴史認識を殆ど語っていない。つまり村山談話の歴史認識としてもっとも頻繁に引用されるのは、日本が、「国策を誤って、戦争の道を歩んだ」とし、「植民地支配と侵略によってアジア諸国の人々に対して多大の苦痛と損害を与えた」とする箇所である。
   しかし、具体的に何政権のどういった政策が誤りだったか特定されていない。
   極めて抽象的な「談話」のほんの一部を「政府見解」に祭り上げて、以後の首相はただそれを「踏襲(天木註:ふしゅうではない、とうしゅうと読む)する」と言って済ませるだけで、本当にいいのだろうか。
  そうした曖昧な状態を放置しているがゆえに、今の日本には、歴史認識を公に語る場合の最低限の議論の水準すら確立されていないのではないか。
  だから田母神論文にその隙をつかれたのだ。
  「ネット右翼」と呼ばれる人々の極めて乱暴で、過激な発言も、突き詰めれば、そうした曖昧政治の副産物である。
  曖昧政治とは無責任政治でもある。
  そして、その弊害は、過去の歴史についてだけではなく、目の前の出来事についてもそのまま当てはまる。
  英国はフォーククランド戦争の時も、今回のイラク攻撃参加の場合も、調査委員会をつくって膨大な報告書を作成し、公表した。(米国も同様に検証している)
  翻って日本の場合、小泉政権のイラク攻撃支持表明について、英(米)のように調査・検証を期待できるだろうか。
  日本の政治が、ひいては我々国民が、曖昧なままに放置しているのは、遠い過去の問題だけではない・・・
  鋭い指摘である。
  このまま行けば、イラク攻撃を支持した日本政府の評価について、後世の国民はまったく判断できないまま放置される事になる。
  国民の目を誤魔化す為に社会党の党首を首相に担ぎ出だした自民党は、その社会党の党首が行なった「談話」を、魂を入れずに政治的利用として踏襲してきた。だから田母神論文事件が起きるのだ。そして田母神論文問題への対応も曖昧なのだ。
  自民党も、そして政権交代を果たした後の民主党も、曖昧な政治は禍根を残す事を肝に銘じなければならない。
  日本の将来のためにも、あらためて政府としての歴史認識を確立することだ。
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