天木直人の公式ブログ

正しい日中関係はどうしたら築けるかを考えてみる

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 しばらくの間忘れかけていた私の頭に再びあの「パレスチナ問題」が入り込んできた。
 何気なくチャネルをまわしていたら、NHK教育テレビがイスラエル占領下のパレスチナの映像を流している事を見つけた。
 イスラエル軍の戦車に少年たちが石を投げつけている。その少年たちを追い回して戦車が発砲する。
 究極のイジメである。
 しばらく見た後、チャネルを切り替えた。
 後で新聞の番組欄で調べたら、第35回日本賞受賞作品「ヨルダン川 二つの学校」というドキュメンタリー作品であることがわかった。
 どのような内容の映画であるか、数分見ただけでは勿論わからない。
 しかしこの映画の一コマは、しばらく忘れかけていたパレスチナ問題について、私の心に二つの思いを蘇らせてくれた。
 パレスチナ問題、その途方もない絶望と、かすかに見える希望、である。
 最近の日本の報道ではほとんど報じられる事はなくなったが、パレスチナでは連日絶望的な日々が続いている。昨日も今日も、そして果てしない明日も。
 ブッシュもライスも、何一つ問題を解決することなく、たち去ろうとしている。
 まるで世界が見捨ててしまったかのようなガザのパレスチナ人は、その間も日々巨大な監獄のような状況に置かれたままだ。
 行動の自由はおろか、食糧も医薬品も、何もかも欠乏した、想像を絶する非人間的な生活を強いられている。
 それにもかかわらず、国際社会は動かない。
 米国、イスラエルのパレスチナ政策を誰も糾弾できないでいる。
 この絶対的な不条理、これこそがオサマ・ビン・ラデンを反米テロに駆り立てたものだ。
 インドの武装テロ事件が与えた衝撃は、多くの犠牲者を出した組織的テロだったからだけではない。
 新興経済大国として日本や世界が経済関係を強化させようとしてきたインドでさえもテロ事件が起きたからだけではない。
 「私は(アフガン、イラクの)5000万人を自由にし、平和達成を手伝った大統領として名を残したい」(全米公共ラジオのインタビューで。11月30日毎日)というブッシュ大統領の願いをあざ笑うかのように、もはや反米テロが世界中に広がりつつあるのではないか、その思いが皆を戦慄に突き落としたからだ。
 オバマ大統領の最大の難問はここにある。
 世界金融危機はいずれ解決する。オバマ大統領でなくても、みながよってたかって解決策を講じる。
 しかしパレスチナ問題を解決しようとする指導者は間違いなく命を落とす。
 ましてや、金融危機の回避と違って、自分にとって一銭の得にもならないパレスチナ問題の解決に奔走する者はいない。
 ここに私は目がくらむような絶望感を感じるのだ。
 その一方で、パレスチナ問題に心血を注ぐ若者がこの日本にもいる。一銭の得にならないどころか、多大の負担と犠牲を払いながらパレスチナ人の怒りと苦しみを共有しようとする若者たちがいる。
 ここに私はかすかな希望を託するのだ。
 「パレスチナの平和を考える会」の若者たちもその一人だ。
 私の手元に、「パレスチナの平和を考える会」の定期会報である「ミフターフ(家を追われたパレスチナ難民たちは故郷の家の鍵を今も大切に持っている、その鍵を意味するアラビア語)」の11月号がある。
 そこに、鳴り物入りで日本が援助した「ヨルダン渓谷開発援助(俗称「平和と繁栄の回廊」構想)」の現地レポートが詳細に書かれていた。
 果たしてどれだけの読者の目にとまるのだろうと思うほどの小さな会報であるが、その報告はどこの新聞や雑誌にも書かれることのない上質の報告である。
 どこのメディアも書けないほど正確に、日本の中東外交、援助外交の欺瞞を見抜いたものである。
 小泉元首相の末期に提唱され、麻生外交が引き継いだ、「平和と繁栄の回廊」構想。
 それは、イスラエルの占領下にあるヨルダン川渓谷の農業開発に援助する事によって、日本がイスラエルとパレスチナの協力促進に一役を買う、そういう謳い文句の援助であった。
 それがまったく進んでいない現状を、現地を訪問し、関係者に直接会って確かめた、そのレポートである。
 外務省の中東政策にも、援助政策にも携わってきた経験がある私には、この援助が、かつての同僚や後輩たちが頭でつくりあげた、首相、外相の宣伝のための「援助」である事を知っている。
 うまく行くはずがない。
 占領者と被占領者という絶対的不平等下にあって、どうして真の協力関係を築けるというのか。
 作ったものが占領政策によってたちまち破壊されるような戦争状態の中で、どうして開発が進むというのか。
 それどころか、日本の援助はイスラエルのパレスチナ占領にお墨付きを与え、占領を固定化するものですらある。
 このレポートは、しかし、私のそのような批判めいた事に焦点を当ててはいない。
 占領政策でもがきながら生活を続けているパレスチナ人たちにとっては、それが占領の固定化であろうが、日本の宣伝であろうが、少しでも生活の糧になるのであればありがたい、と考える。
 しかし、この日本の援助は、イスラエルの対パレスチナ政策の硬化によって、プロジェクトそのものが満足に進められない状況になっている、というのだ。
 それにもかかわらず日本政府はイスラエル政府に文句一つ言わないというのだ。
 その結果、占領の固定化であっても援助が暮らしの助けになればありがたい、というパレスチナ人の最低限の願いさえ裏切っているという。
 これ以上ないほどの失策である。
 そのレポートはこうしめくくっている。
 ・・・当面、この構想(平和と繁栄の回廊構想)は、大々的に進める事もできず、かといって止めることもできず、規模を縮小したかたちで延命されていく可能性が大きいように思われる。その間にも、ヨルダン渓谷におけるイスラエル人の入植の拡大、パレスチナ人の家屋破壊、イスラエルによる水の一方的な収奪がますます強化されていく事は確実である。
   私たちは日本政府およびJICAや援助関係者、日本社会全体に、(パレスチナ問題に向き合うこと無しに援助を続ける事は)納税者に対する欺瞞であり税の無駄遣いでしかないことを訴えていく必要がある・・・
    外務省の官僚たちが権力と援助予算に胡坐をかいて進める血の通わない援助政策を、たった一人の若者が徒手空拳で調査して暴いて見せた。
    パレスチナ人の苦しみを共有しようとする若者がこの日本にもいる。
    ここに私は希望を見出す。
 
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 11月30日の産経新聞に、中国についての対照的な見方が掲載されていた。
 一つは一面に連載で掲載されている「人界観望楼」である。外交評論家・岡本行夫が「中国は穏やかになってきた」という論評を書いている。
 もう一つは論説欄における産経新聞中国総局・野口東秀氏の「最近の中国と、おごる平家は・・・」という論評である。
 「先週、外務省の依頼で中国に講演にいった・・・」という言葉で始まる岡本氏の論評は、中国での講演などを通じて聴衆たちと言葉を交わし、そこから得られた彼の印象論を、要旨次のように書いている。
 ・・・米国は日本にとっても中国にとっても重要な国と話せば聴衆は頷いた。それでは二番目に大事な国は?皆が答えないので私が、日本にとっては中国、中国によっては日本と思う、と言ったら笑いが起きた。その笑いは好意的なものだった。靖国参拝を繰返した小泉元首相の心情を説明して、どうぞ小泉さんを嫌いにならないでください、と結んだら聴衆から拍手が起きて驚いた。米中戦争になって中国が在日米軍基地を攻撃すれば日本は安保条約の下で中国と戦争することになるから、台湾海峡での中国の武力行使には反対です、と言っても、中国側の反応は、賛成はしないけど日本の立場は理解する、という理性的で穏やかなものだった。田母神論文は誤りだ。それを切っ掛けに歴史認識をめぐって対中強硬論が強まる動きがでているが、日本はそろそろ中国の悪口を言うのは止めて、中国と余裕をもって向き合う時だと思う・・・
 これに対して中国総局野口東秀氏の論評は、その殆どを中国の傲慢振りを示す次のような数々の引用で埋め尽くしている。
 ・・・「私は反日ではない」と自認する中国高官がこう言っている。日本の政治は内向き傾向が強い。内政の不安定は経済にも反映されており、日本は国際政治の舞台で影響力など発揮できない。日本人は中国人にとり信頼できる国ではまだない。ドイツは歴史を反省し、公の場でナチスを賛美する言論や出版を法律で禁止しているが日本で歴史認識をめぐって政府の見解と異なる見解がつねに出てくる。周囲で不信感を持たれ、信頼されない国が、どうして常任理事国になれるというのか。これを私だけの個人的意見と思わないほうが正確だ。米国は黒人大統領になることでソフトパワーを世界に示した。確かに米国と中国は政治体制は違う。しかし米中とも国家の行方と団結を指導者が論じる点では同じ。そうした演説は日本にはない。中国には問題があり、批判もあろうが、大国として邁進できる材料がある。米中2大国の時代へと中国は進む。資源獲得の為の中国の対アフリカ外交のどこが悪いのか。中国の国益を追求してどこが悪いのか。日本は資金もあるのに、なぜ中国と同じようにアフリカに多角的外交ができないのか。技術はあるのに戦闘機は自主開発できず原子力潜水艦も建造できず、米国の顔色ばかりうかがうのか・・・
 そして結論として次のように締めくくっている。
 ・・・「日本は軍事国家になる。強大な軍事力を持つようになる」。ひところの中国のそんな決まり文句など嘘のように、中国高官は日本の軍事力には一言も触れず、「中国にとり脅威なのは米露だけだ」とまで断言した。
   どこの国からであれ、脅威と見なされていない事は結構な話だ。ただ、単になめられているだけなのであれば、喜んでばかりもいられない。日本に対して中国にこうした対日認識があることへの覚醒を促したい。中国には、おごる平家は久しからず、とだけ言っておこう。
 皆さんはこの二つの論評をどのように読んだか。
 ここからが、今日のブログである。二つの論評に対する私の所感である。
 岡本氏の論評は、対中外交論ではなく、中国との良好関係を願う外務省の広報記事でしかない。そこから学ぶ事は何もない。講義の反応だけで中国は穏やかになって来た、などと判断するのは、あまりにも安易であり、誤りですらある。
 それよりも私が残念に思うのは、みずからの意思で外務省を離れた岡本氏が、外務省の政策と異なった事を言ってみたり、外務省の代弁者のような事を言ってみたり、と、ぬえのような評論を繰返し、恥じるところがない事である。そんな岡本氏に頼り続ける外務省の人材払底と閉鎖的な仲間意識である。これではコレクトな外交はできない。
 それに比較して、野口氏の評論は、中国高官の数々の言葉を通じて今の中国政府の考えをうかがい知らせてくれている。その言葉は興味深い。
 問題はそれに対する野口氏の反応である。
 それは一口で言えば、日本はこのままでは中国に負けてしまう。何とかしなければならない、という危機意識である。そしてここが重要なところであるが、それでは日本はどうすべきかという名案が提示できないまま、中国よ驕るな、と捨てゼリフを吐くしかなく論評を終えている事である。
 実はこの対応はまさしく田母神論文と通底している「考え」、というよりも、「感情」なのである。
 どうすればいいのか。
 私の確信は以下の通りである。もちろんこれは私の意見でしかない。大きな論争となるテーマである。しかし、私の外交官としての結論である。国際政治の観点からも、大きな歴史の流れを見据えた観点からも、正解はこれしかないと思っている。
 米国か中国かという選択は誤りだ。米国も中国も軍事力を国力の基本に据えた覇権国家である。そのいずれもが、過去と将来の歴史を直視すれば、誤った国である。
 日本は中国に対し、軍事的に競い合うのではなく、軍事大国を目指す中国の誤りをさとす事だ。
 そのためには、まず日本が日米軍事同盟から自立し、日本の過去の軍国主義の反省を国是として確立することだ。中国に対して経済・技術的な協力を通じて、中国国民の安全と繁栄を目指す事を唱えるべきだ。それはまた日本のためでもある。
 中国の将来を考えた時、そして世界人類の将来を考えた時、平和の為の日中協力しかないという事を中国に、中国国民に堂々と主張していく、日本が中国に勝てる事があるとすれば、まさに憲法9条を堅持して経済発展を成し遂げた「奇跡」であり、この事のほかはない。
 そのためには日本がその基本姿勢をもう一度取り戻すことだ。
 憲法9条を掲げて日中協力を迫る時、中国が日本を批判する余地は雲散霧消する。中国は日本に勝つ事はできない。憲法9条を掲げて日本政府と国民が一体となって日中友好関係の確立を呼びかける。その事に正面から反対できる国は、中国はもとより、米国を含め世界中どこにも存在しない。出来ない。なぜ日本人はその事がわからないのだろうか。
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