天木直人の公式ブログ

読者からの反応を読者に伝え、あわせて私のブログの趣旨を明らかにしたい

ブログランキングに参加しております。 よろしければクリックをお願いします!
政治 ブログランキングへ
 書くべきテーマは他にもあるのだが、今日のブログはまずこのテーマについて書きたい。
 政局がらみの記事は気が滅入るのでなるべく書きたくなかったのだが、今の政党、政治家ではどうにもならないので、最近のブログで立て続けて新党構想について書いてみた。
 それに対する反応が気になったので、参考までにそれを読者の皆さんに紹介し、あわせて私のブログの趣旨を明らかにしておきたい。
 私のブログは、様々な理由で、不特定多数の読者相互間の議論の場にはしないという大方針で書き始めた。それはこのブログの読者であればご承知であると思う。
 最初は一切の意見を受け付けないブログ、つまり私の一方的な発信のブログにするつもりであったが、それではフェアではないと思って、私と読者の一対一のやり取りはできるようにしている。
 読者は意外に思われるかもしれないが、このブログに寄せられる声は少ない。毎日数えるほどである。
 大多数の読者は、思うところがあっても意見を述べない。それでいいのだ。黙っているけれど、色々な思いを抱いてこっそり読む。そうすることによって自分の知識や考えを確認する。それでいいのだ。そういう読者のために私は書いてきたのである。
 ブログへの反応にはパターンがある。まず、同意します、応援します、というものや、関連情報を提供してくれたり事実誤認を指摘してくれるものである。ほとんどがこれだ。これには感謝している。
 もうひとつは、ブログの内容に異論を唱えるものだ。その中には論理もへったくれもなく、ただ罵声を浴びせるだけのものから、内容をともなった反論があり、更にその反論の中でも、私と基本的立場の違う人からの常態的、全面的反論と、大方の意見には賛成してきたがこのブログの意見だけはいただけない、という部分的反論である。
 私は、たとえそれが応援の声であっても、読者からの声にいちいち返信はしないことに決めている。それを行うときりがないし、そのエネルギーはむしろ新たなブログ書きに振り向けたいからだ。この点は読者にはあらためてご了解をお願いする。
 その代わり、と言ってはなんであるが、時々まとめて、と言っても極めてまれにではあるが、読者の反応とそれに対する私の考えを、お伝えすることにしたい。
 今回のブログもそれである。
 さていつものように前置きが長くなったが本題に入りたい。
 新党構想について書いた最近のブログに読者から強い反応が寄せられた。特に橋下、東国原知事、ビートたけしらによる地方主権新党結成を薦めたブログについては、激しい批判が寄せられた。
 まず、橋下、東国原、ビートたけしに対する強い拒否感である。そんな連中を担ぎ出すような構想はたとえ冗談でも書かないでくれ、ブログに名前を出さないでくれ、見損なった、さらば天木!、という声である。
 これについて私の反応はこうだ。
 私は彼らに新党作りを呼びかけているのではない。それに私が参加するということではもちろんない。あくまでもそういう動きが出てくるようにでもならないと、政治状況の閉塞感は打ち破れない、そう思って書いたのだ。
 それは、まずそのような新党はできないだろうという意味で半分は冗談である。
 しかし、そういう状況にでもならない限り、今の顔ぶれで政権交代や政界再編が繰り返されても、国民のための政治はできない、どのような政権が出来ても、官僚支配と、中央の地方支配という構図は変わらない、これを変えるには一般大衆に人気のある彼らが一般大衆の目線で官僚支配打破を叫び、新党を作って国政に乗り込み地方主権を訴えないと、その目的は達成されない、この事を訴えるために、半分は本気で書いたのだ。
 私の、今の政治、政党に対する全否定と、彼らに官僚支配打倒を期待することは無理であるという絶望感は、そこまで強いということである。
 それにしても橋下、東国原、ビートたけしらに対する反発の強さを改めて知った。私も彼らの言動に対してはこのブログでも繰り返し批判してきた。
 しかし私は彼らを全否定するものではない。彼らは小泉元首相のように国政を牛耳って国民生活を破壊するような悪をなしているわけではないし、将来そのような悪を行う政治家になる事はないだろう。なれないであろう。
 彼らはあくまでもタレント、タレント知事であるからこそあのような言動が許されるのだ。もしあれ以上、国民、府民、県民の生活に直接影響を及ぼすような政治活動をするなら、その活動如何によってたちどころに厳しい批判にさらされる事になるだろう。
 つまり私が言いたい事は、彼らが本気になって政治家になろうとするのであれば、既成政党に担ぎ出されたり、その一方に加担したりするのではなく、彼ら自身が結束して新たな政党をつくり、しかも大衆政党になって、真に国民のためになる政治を実現するほかはないということなのだ。
 橋下、東国原、ビートたけしの事についてはこれで十分であろう。結束と言っても誰が親分になるかという点でまとまらないであろうから、いずれにしてもこの新党構想は、ほとんど冗談の例示的新党構想と受け止めていただきたい。
 しかし、次に述べる事は、もっとまじめなテーマである。
 地方分権に正面から反対する意見と、悪いのは官僚ではなく政治家だという意見が寄せられた。これにはいささか驚かされた。
 この問題を正面から議論するにはいくらスペースがあっても足りないので一言ずつ私の意見を書いておく。
 地方分権に反対する声は、今の地方行政システムと地方分権論を前提とした反対の声である。つまり道州制や市町村合併は地方分権どころか政府の地方合理化策に過ぎないし、今の首長、地方議会の体たらくを見るにつけ、地方分権などとんでもない、彼らがダメだから地方がここまでダメになったのだ、そんな連中に任せられるか、というものである。
 それはそのとおりだ。私は今の地方分権を支持しているのではない。国家が独占している権力の正真正銘の地方移譲を言っているのだ。だから地方主権という言葉を使っている。
 そうすることによって、正しい首長、地方議員が生まれる。住民の声が直接に地方行政に反映されることになる。なによりも国と地方の行政の無駄な重複をなくすことができる。真の地方分権つまり地方主権こそ日本蘇生の鍵であるというのが私の立場だ。
 政治家が悪い、だらしがないというのは私も同感だ。しかし政治家が悪いから官僚も正しい仕事ができないというのは違う。
 今の官僚制が悪く、官僚そのものが悪いのである。
 それは、政治家のよしあしとは無関係である。今の官僚は例外なく、劣化、無能になってしまっている。それなのに権限だけが彼らにゆだねられている。ここが大問題なのだ。
 立派な政治家が一人や二人出てきても官僚はびくともしない。国民が官僚を監視し、官僚を使うようにしなければいけない。だからこそ権力を国民(住民)に移し、国民(住民)の声を政治、行政によりよく反映させられるシステムを作らなければならない。それが私の言う地方主権である。
 最後に一言だけオバマ次期大統領についての反応を書いていきたい。
 オバマの改革に期待し、その改革努力に私たちの改革意欲を重ねあわそうと書いた。
 これについて、オバマの正体は邪悪だ、そんな人物を買いかぶってオバマと一緒に行動するなんて真っ平だ、という意見が寄せられた。
 このような意見を述べるものは、オバマの出自やオバマの背後にある闇の勢力の存在などに通じた自称情報筋である。
 私にはもちろんオバマに対する十分な知識はない。
 しかし少なくとも言える事は、彼の評価は大統領になった後の具体的な政策を見て下しても遅くはないということだ。
 それは裏切られるという事でも、だまされると言う事でもない。
 考えても見るがいい。今の米国が抱えている問題を、大統領が変わったからといってすべて氷解するなどと、誰が本気で考えているというのかのか。彼一人にその仕事を任せるだけでいいのか。正しい態度なのか。
 希望を彼に託す事は悪いことでも、間違っていることでもない。物事の判断に誤りはつき物だ。重要な事は、誤りであることがわかればそれを素直に認め、直ちに訂正し、そして常により正しい言動を求めていく努力をするということだ。
 それはそのままこのブログの基本姿勢でもある。
 
 
166
Return Top