天木直人の公式ブログ

新しい日米関係の構築に向かって

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 このブログをもって本年の最終回としたい。
 最後のブログのテーマを何にするか、私は実は少しばかり頭を痛めていた。書きたい事がいくつかあったからだ。
 そこにイスラエルのガザ攻撃のニュースが飛び込んできた。すかさずライス国務長官がイスラエルの攻撃を支持する声明を発した。悪いのは「テロを止めないハマスだ」と。
 このニュースを聞いた瞬間ブログのテーマが決まった。「日本は大変革の中で米国との関係をどう再構築していくべきか」。これである。
 思えば私の人生を変えたのは03年3月に始まった米国のイラク攻撃であった。私があの攻撃に反対した最大の理由はパレスチナ問題であった。イスラエルのパレスチナ弾圧を放置しながら更なるアラブ人の犠牲を招くイラク攻撃を私は許す事はできなかった。
 それはもちろん人道的、感情的な思いからである。しかしそれだけではない。パレスチナ問題が公正かつ根本的に解決されない限り、世界の平和と安定は望めないと確信していたからだ。
 米国の中東政策が公平、公正なものにならない限り、米国は衰退し、そして世界もまた混乱する。その思いは、あれから6年近くたった今も、私の中で、強まりこそすれ決して弱くなる事はない。
 そして、米国という国が正しい方向に向かわなければ、その米国との同盟関係をすべてに優先してきた日本の将来も危うい。
 私にとっては、日本の経済危機も、貧困問題も、政権交代も、日本が直面するあらゆる問題は、つまるところは米国がパレスチナ和平問題を正しく解決できるかにかかっていると思える。
 おりしも米国ではブッシュ政権8年のアンチテーゼとしてオバマ次期大統領が選ばれた。米国民も、世界や日本の国民も、それを熱烈に歓迎し、オバマ政権に期待を託している。
 そのオバマ新政権の最大の問題は、金融危機を克服することもさることながら、ブッシュ政権が始めた「テロとの戦い」にどう向かい合うかである。
 オバマ新政権はアフガンにおける「テロとの戦い」を強化する方針を打ち出している。アフガンを軍事力で安定化、民主化することを最優先にしているかのようだ。
 その一方で、パレスチナ和平については何も語るところはない。本年のノーベル平和賞受賞者であるフィンランドの前大統領アハティサーリ氏が受賞演説で述べた「パレスチナ和平実現を最優先に取り組んでもらいたい」という呼びかけに対しても、黙して語らない。
 そのようなオバマの米国との関係を、日本は、歴史的大変革の中でどう再構築していけばいいのか。この事に触れずして今年のブログを終える事はできない。なぜならばそのテーマこそ私が新年から腰を据えて発信していくメッセージのすべてに通底するテーマであるからだ。
 「百年に一度の世界経済危機」の引き金を引いたサブプライム問題は、米国の金融資本主義のモラルハザードを白日の下にさらした。それは、米株式市場ナスダック元会長バーナード・マドフ氏の文字通りの詐欺行為により日本の大手証券会社、金融機関を含む世界の金融資本が食い物にされていたという、前代未聞の巨額詐欺事件の発覚というおまけまでついた。
 もはや米国金融資本主義の時代は終わった。米国一極支配の時代は終わった。そういう声が右からも左からも嵐のように聞こえる。
 本当にそうだろうか。
 自由資本主義か社会、共産主義かというイデオロギー対立に今なお身を置いている者たちが、のた打ち回っている米国金融資本主義の現状をみて溜飲を下げたい気持ちはわかる。
 米国との戦争に敗れ、無条件降伏を強いられ、東京裁判という勝者の裁きを受け入れざるを得なかった日本、そしていまなお米国に軍事占領されている日本、そういう日本に我慢できない保守、愛国主義者たちが、ここに来て米国からの自主、自立を言い出すこともわかる。
 しかし、そのいずれも正しくはない。フランシス・フクヤマが12月28日の日経新聞「次の世界―危機の後に」で書いているように、「米国の力を見くびってはいけない」、「米国はなお強大」であり続ける、という認識を持たなくてはならない。圧倒的軍事力を誇る米国の優位は変わらない。
 金融資本主義の行き過ぎに歯止めをかける事はもはや世界の急務である。しかしその事が直ちにパラダイムシフトに結びつく動きにならないのはなぜか。
 自由資本主義体制を維持したい気持ちは世界の国民の大勢である。求められるのは金融資本主義や新自由主義の不正や行き過ぎの是正であり、人間に目を向けた自由資本主義であって、決して共産主義や社会主義への移行ではない。
 そういう情勢認識の中で、日本は米国との関係をどうとらえていけばいいのか。
 私は突き詰めると次の三つの考え方に集約されると思っている。
 その一つはいままでの大勢であった日米同盟至上主義の継続である。この考え方は残念ながら今後も当分続いていくだろう。
 この考えを取る人々は、出来れば米国がより適正で協調的な方向へ進んでいく事を期待はするが、たとえ米国が無理・非道な政策を重ねて行っても、それを黙認して従って行く。
 その根底には、世界が多極化、無極化に進むとしても、米国は常にその中の主要プレーヤーにとどまるという認識があり、いかなる国が国際政治の中で相対的に力をつけてこようとも、それが覇権国家であるかぎり米国より好ましい国にはなりえないという考えがある。そしてそれは正しい。
 しかし、この考えに従う限り日本は米国に犠牲を強いられ続ける事になる。そしてその犠牲のしわ寄せはつねに弱者に向く。つまり日本国民は分断され、米国に追従する強者がその他の弱者である大多数の国民を犠牲にしていく、その事実を国民に隠し続けていく、そういう状況が続いていくのだ。
 政治家であり官僚であり、あるいは財界人、メディア、有識者といい、いわゆる体制側に立つ強者は、口当たりのいい事を話してはみても、米国の無法に正面から異を唱えることはしない。押し付けられる犠牲を自らはたくみにかわし、そのツケを弱者にまわすことになる。その良心の痛みに目を閉ざし、耳をふさぐのだ。
 今日までの現状がまさにこれであった。そしてそれがこれからも続く可能性が高い。
 これを仮に親米保守と称するならば反米保守という第二の考え方が、これからは少しばかり大きくなってくるだろう。
 つまり、中国に物を言えず、米国に見放され、世界の国々から重要視されなくなる、この「自虐的」、「悲観的」な未来図に立って、なぜもっと祖国を愛さないか、なぜもっと、誠実に現実を見つめようとしないのか、という考えである。
 あの田母神論文事件はそのあまりにもお粗末な例であったが、彼のいわんとしている事をもう少しまともな形で保守論客が繰り返すであろう。諸君09年2月号で中西輝政京大教授が述べている「日本自立元年」などはその典型である。
 「振り返るなかれ、従属と安逸の歳月を。アメリカなき世界はもう幕を開けている」と主張するその論文は、憲法違反までしてイラクに自衛隊を派遣し、「決死の決断」をして忠誠を誓ったのに、その見返りが北朝鮮のテロ支援国指定解除だった。米国がおしつけた憲法9条にしがみつき、米国の核で守られている限り、日米同盟は我慢しなければならなかった「腐れ縁」である。
 しかし、米国の一極支配が終わり、多極化、無極化に進もうとしている今こそ、日米同盟はもはや日本にとって絶対ではない。いまこそ日本は自立しなければならない。中西氏はそう言うのだ。
 そこには傾聴する考えもあり、閉塞した国民感情にも訴えるものがある。だからこそ田母神論文を支持する者も多いといわれるのだ。
 この考えを取る者たちは、ある意味で純粋、正直な人たちである。親米保守がずる賢い現実主義者であるとすれば、反米保守は裏表のないお人良しだ。
 しかし、この考えには決定的な限界がある。外交的自立のためには自主防衛の強化しかないと決め付けるところである。その考えは核武装も辞さないというところまで行き着かざるをえない。
 このような考えを米国は決して容認しない。このような考えは中国やアジアと無用な摩擦を起す。何よりも国際社会で日本は孤立する事になる。決して日本のためにはならない。
 このいずれでもない第三の考え方、つまり憲法9条を盾にして米国からの自立を図る、この考え方こそ、日本が目指すべき方向であり、正しい日米関係である。
 前掲の諸君2月号にスティーヴン・ヴォーゲルカリフォルニア大学教授のインタビュー記事がある。そこで彼はこう言っている。
 ワシントンのエリートたちの考えは、日本がアメリカと同じ方向に進んでいる限り日本を認めるというものである。米国の本音がそうである以上対等な日米関係を築く事は困難である。
 しかしそれを許してきたのは日米同盟以外の確固たる外交思想を持とうとしなかった日本である。日本は米国の要求に屈して本来憲法9条では認められなかった事でもどんどんと応じてきた。そのため、いくら日本がこれはできない、と言っても、もはや米国は納得できなくなってしまった。
 日本が本来の憲法9条を守り、(米国の無理な要求は)認められないと主張すれば、米国も日本の主張を受け入れざるを得ないと思う、と。
 情けないと思わないか。米国の知日学者にここまで指摘されているのである。
 第一の考えに立つ人たちが日本を動かしている限り日本は米国からの自立は望めない。第二の立場に立つ人たちでは日本の国益は守れない。平和外交を日本の譲れないプリンシプルとして確立し、米国に正しい外交を求めていく、それこそがこれからのあるべき日米関係である。
 その事を、我々国民の一人一人が気づかなければならない。その為に私は書き続けていく。
 日本共産党や社民党よ。憲法9条擁護を叫ぶ自分たちが偉いのではない。憲法9条が偉大なのだ。その憲法9条がここまで踏みにじられている時にどうして力をあわせて行動できないのか。力をあわせ国民を動かす事ができないのか。
 日米同盟廃棄を訴える左翼イデオロギーの人々よ。私はその考えに同意する。しかし反米を叫ぶだけでは国民の心を動かす事はできない。正しい日米関係はいつまでたっても構築できない。
 正しい日米関係は国民の手で作り上げなければならない。国民にこれ以上犠牲を強いる事のない日米関係、それは憲法9条を掲げて日本国民が戦争国家米国の非を世界の目の前でたしなめることのできる、そういう対等な日米関係である。
 いまこそひとりでも多くの国民がこの事に気づいて欲しい。そういう思いで今年のブログを終える事にする。
 読者の皆さん、ご愛読ありがとうございました。よいお年を。
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