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 天木直人のメールマガジン 要約 2月20日ー23日

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 天木直人のメールマガジン 要約 2月20日―23日分
 2009年2月20日発行 第0064号
 アメリカ版憲法9条を提唱する大前研一
 大前研一氏の最近著「さらばアメリカ」(小学館)を読んだ。そして驚いた。この本は憲法9条を守ろうとする護憲派の人々を勇気づける必読の書である。いや改憲論者も含め日本国民に広く読まれるべき本だ。
 大前氏はオバマ大統領の誕生を歓迎する。しかしそれでも米国の再生は難しいだろうと断言する。そして米国が再生するためには次の三つの提言をオバマ大統領は取り入れろという。その一つは世界に向けてアフガン、イラク攻撃などで多大な犠牲者を出し世界を戦争に巻き込んでしまったこと謝罪することだ、金融詐欺で世界経済を崩壊させたことを謝罪することだという。
 その二つは、単独主義の傲慢さをあらため、米国は世界の一員として国際社会の合意を尊重する国になれという。国連にかわる新しい新世界構想をつくり、その一員としてその合意に従う国になれという。
 極めつけは三つ目である。米国は日本に押し付けた平和憲法9条をいまこそ米国自身に導入しろという。
 米国を理解し、米国資本主義を信じて活躍してきた大前氏がこのような事を書くようになったのだ。これは驚くべきことだ。私は、「さらばオバマ」に書かれている大前氏の米国の分析に賛同する。米国を救う提言に共鳴する。一読に値する本だ。
 2009年2月20日発行 第0065号
 千野境子産経新聞元取締役の人事官任命に異を唱えた民主党を評価する
 20日の各紙は、民主党が19日の役員会議で、政府が提示した千野境子産経新聞特別記者(元取締役)の人事院人事官任命に同意しない事を決めたと報じている。「人事官3人のうち一人がマスコミ(出身者)の指定ポストになっており、ふさわしくない」(安住淳国体委員長代理)という理由からだ。
 私はこの民主党の判断を高く評価する。メディアはこのニュースをもっと大きく報じるべきだ。そしてこの民主党の決定が示した大きな意味を国民に解説すべきだ。
 私が代わりにそれを述べる。権力者たちによる人事のたらいまわしがこれからはやりにくくなるということだ。国民がそれを知って怒り出せば、政党は動かざるを得ない。いつまでたっても結論のでない公務員制度改革を待つよりも、国民の怒りが権力者の人事を左右する、そういう時代がすぐそこまで来ている。
 2009年2月21日発行 第0066号
 大前研一のアメリカ版憲法9条提言ふたたび
 20日のメルマガ第64号で私は大前研一がその最近著「さらばアメリカ」で、アメリカ版憲法9条を提唱したことを高く評価した。これに対して読者からすかさず批判的反応があった。 「大前研一は新自由主義を唱える人物であり、そんな人物が憲法9条を提唱したからと言ってそれを称賛するのは納得できない」という批判である。それでも私は大前氏を評価する。その理由の背景には私の次のような現状認識がある。
 私は今の米国の経済危機は極めて深刻であると考えている。そしてそれは米国の戦争と不可分であり、米国は自らの経済危機を克服するには戦争をやめなければならないと考えている。1929年の大恐慌を米国が克服したのはルーズベルト大統領のニューディール政策のためではなく、第二次大戦に
参加したからだという説があるが、私は米国が今戦争を起こしてもその経済効果は少なく、むしろますます米国は経済破綻に追い込まれていくと考えている。
 米国がこれ以上戦争国家になることでそのしわ寄せを一番負担させられるのは日本である。ただでさえ国民生活が危機的状態になりつつあるときに、日本がこれ以上米国の負担を肩代わりさせられるなら日本は壊滅する。何があっても米国の戦争をやめさせなければならない。それが無理なら米国の戦争にこれ以上かかわってはならない。それが私の認識であり、私が憲法9条を世界に宣言し、日米軍事同盟から自立する事を主張する理由はそこにある。
 だから大前氏の提言のごとく米国が戦争国家から脱却する事こそ米国も日本も救われるという考えだ。問題は米国は大前氏の提言を受け入れない、受け入れられない国である、ということだ。そこにオバマ大統領の悲劇がある。それでも私はオバマ大統領を応援する。これも大前氏と同じ立場である。
 2009年2月22日発行 第0067号
 仲間内で褒め合っていては真実は語れない
 2月22日の新聞に気にかかる二つの書評を見つけたので書く。一つは毎日新聞書評欄に見られた五百旗頭 真 防衛大学校長(神戸大学名誉教授)の田中均著「外交の力」(日本経済新聞出版社)に関する書評であり、もう一つはもう一つは産経新聞書評欄の佐藤優が書いている「岡本行夫 現場主義を貫いた外交官」(朝日新聞)についての書評である。
 私はいずれの著書も読んでいる。二人を知っている。田中氏は私の同期だ。岡本氏は私の一年先輩だ。彼らの言動をすべて批判的に言うつもりはないが、これらの書評はあまりにも褒めすぎだ。何も知らない一般読者をごまかせても私を誤魔化すことは出来ない。仲間内で褒め合っている限り真実を語ることはできない。
 それにしても佐藤氏の最近の豹変振りには驚かされる。御用学者の五百旗頭氏が田中氏の著書を宣伝するのはわかる。しかし国策捜査の悪を暴き、外務省の犯罪的工作を批判して世にでた佐藤氏が、最近は一部の外務省OBに迎合するようになった。しかも彼らは決して反骨の外務省OBではない。世に受け入れられ、体制側に立つ者ばかりだ。
 佐藤氏の見事な転進である。それだけ彼の境遇が恵まれてきたということだ。世の中に堂々と出られるようになったということである。それに伴って体制側につくようになる。私はそれを危惧する。世の中を正しくない方向に洗脳する事をしてはいけない。佐藤氏は世の中のためになる正しい生き方をしなければならない。
2009年2月23日発行 第0068号
  中谷巌氏の評価がどこまでひろがるか注目したい
 私は昨年12月19日のブログで、「ついに小泉構造改革の誤りを認める人間が政府側から出るようになった」と題して、中谷巌氏のことを評価した。その後中谷氏の懺悔の書は新聞や週刊誌の書評で取り上げられ、中谷氏自身の寄稿文やインタビュー記事も新聞や雑誌に頻繁に出るようになった。しかし中谷氏は本当に評価されているのか。
 2月18日の産経新聞「正論」の中で中谷氏が述べている次の言葉に私は注目した。
  ・・・(私の著書に対しては)、多くの方々から「よく言った」、という
賛同と同時に、「時流におもねっている」、「いまさら何を」、「守旧派に
肩入れする裏切り者」といった多くのご批判もいただいた・・・
 この言葉のもつ意味は重い。体制側を批判する事がどれほど勇気がいることかを示している。正しく評価される事がいかに難しいかを示している。そして体制側に都合の悪いことはたくみに無視される事を示している。
 小泉構造改革の弊害が日本を苦しめたことがここまで明らかになったにもかかわらず、小泉・竹中への批判はいまだタブーの如くだ。それは体制側に、いまだに誤りを認めることを潔しとしない風潮があるからだ。その代表格が大手メディアである。だから大手メディアはいまだに小泉構造改革を批判しない、
できない。竹中平蔵が今でも大きな顔をして改革が不十分だからこうなったと言い続け、それをテレビが流し続ける。小泉が出てきて郵政解散で得た三分の二の重みを考えろと叫べば、それが大きく報道される。本来ならば彼らは国民から石をぶつけられ、二度と世間に顔向けできないはずではないのか。
 その一方で小泉構造改革を批判してきた者たちは、中谷巌氏がかつて小泉構造改革を唱えた一人であるという先入観で、彼の懺悔の書をろくに読むことなく、彼を正しく再評価しないでいるようだ。つまり中谷巌氏は、体制側からは「裏切り者」と呼ばれ、反体制側からは「今更なにを」と批判されているかのごとくだ。かくいう私もそういう思いを持った一人だ。少なくとも彼の「懺悔の書」を読むまでは。
 週末を使って中谷氏の「小泉改革の大罪と日本の不幸」を通読した。そしてあらためてこの書を再評価した。この書は私が知る限りでは、小泉構造改革を批判するこれまでのどの書よりも厳しい小泉批判の書である。そしてそれは単なる批判の為の批判の書ではなく、本物の小泉・竹中批判の書である。中谷氏は正しく評価されなければならない。その時はじめて小泉・竹中の構造改革路線が日本から消えていくことになる。日本が正しい方向へ軌道修正されていくことになる。
2009年2月23日発行 第0069号
 中川財務相泥酔報道が示すもう一つの問題点
 嵐のごとく報道された前代未聞の中川財務相泥酔事件もさすがに一段落した感がある。しかしこの問題のもう一つの隠された問題点を見落としてはならない。
 それは何か。権力者と報道関係者の間で暗黙の了解、もたれあいがあるということだ。あの事件は報道関係者の多くが知っていた。しかし中川氏を追い込むことになるから書かなかった。その暗黙の了解を破って2月18日の毎日新聞が検証ローマの2日」で暴露した。そこから一気にひろがった。いや、もっと正確に言えば外国のメディアが映像入りで大きく流したから毎日新聞も書いたのではないか。
 政治記者の書いたものを読んでいると、「もう時効だから(時間が立ってそろそろ書いてもいい頃だろうから)書くことにするが・・・」というきまり文句に出くわすことがある。これこそがまさに権力者と報道関係者の取引を物語っている。書かないことを前提に情報をもらう、あるいは今後も情報を
もらわなくてはならないので権力者に決定的な打撃を与えるような記事は抑える、
こういう現実があるのだ。
 偶然にもその好例を2月22日の毎日新聞にみつけた。潮田道夫論説委員の
「千波万波」の書き出しはこういう言葉から始まっている。
 ・・・ブッシュ前大統領は何度か、次のような趣旨の演説をした。
「米国は敵だった日本を打ち負かし(日本を)民主国家に再建した。今では
同盟国だ。イラクもそうなるだろう・・・」。彼は(ブッシュ前大統領は)
発言前に、当時首相だった小泉純一郎氏の了解を得ている・・・
 そしてその後潮田論説委員は、「米国の保護者意識が鼻につく。占領期に関しては日本人には愛憎こもごもの複雑な思いがある。それを知らないはずはない。礼を欠く」と怒っている。
 思い出してほしい。ブッシュ前大統領の発言はもっと日本を侮蔑したものもあった。なかには日本をナチやテロリスト国家のごとく表現していたものがあった。潮田氏ならずとも多くの日本人は不快感を持ってそれを読んでいたに違いない。
 しかしその発言をこの国の首相が了解していたとしたらどうだ。その事が当時の報道で国民に知らされていたらどうだったか。小泉・ブッシュの関係はここまで従属的であったのだ。
 ブッシュも小泉も引退した今になった、潮田氏はそれを書いたのだ。書きたくてしかたなかったが当時は書けなかった。書くべきではないと自粛した。しかしいつかは国民に知らせなければならない重要な情報である。だからこういう形でサラリと書いて、当時書かなかった事に対する免責を自らに与えているのだ。もっとはやく書いて置けよと言いたくなる。
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