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天木直人のメールマガジン 要約 3月5日ー7日分

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 天木直人のメールマガジン 要約 3月5日―7日分
 2009年3月5日発行 第0086号
  緊急メッセージ 小沢民主党に告ぐ(その2)
  日本の将来が左右される闘いとなる
  小沢一郎がここまで検察批判をして闘う姿勢を見せたのには驚いた。民主党がその小沢代表の下で結束して闘う姿勢を見せたのには驚いた。そうであれば小沢民主党は最後まで鉄の結束を保って国家権力と闘い抜くことだ。検察官僚の横暴を叩き潰すことだ。途中で腰砕けになってはすべてが終わる。なんとしてでも小沢民主党は勝たなければならない。そして政権交代を実現しなければならない。私は最後まで応援したい。
  これは国策捜査なのか。米国の日本支配なのか。その事の真偽を議論しても始まらない。はっきり言えることは、もしここで小沢民主党が潰される事になると、やっぱりそうだったのかという思いが国民を支配する事になる。何も知らされない国民の意識の中に、国家権力には逆らえない、米国を怒らせてはいけない、という漠然とした思い込みが定着してしまう。その悪影響ははかり知れない。国家権力がどんどんと強化されていく。対米従属が固定化していく。国家権力批判、対米従属批判をする者たちへの圧力が強化されていく。小泉・竹中構造改革派が息を吹き返し、この国は再び強者が支配する国に戻ってしまう事になる。そうさせてはならない。
 
 2009年3月6日発行 第0087号
 「年次構造改革要望書」と対米従属
 毎年米国から提出される年次改革要望書なるものが、米国から日本に発せられる指令書なのか。もちろん日米両政府はそれを否定する。しかし現実はその要望書の通り日本の政策は実施されてきた。果たして真実はどうなのか。
 その答えを示す証拠を3月6日の毎日新聞、連載「アメリカよ 新ニッポン論」の中に見つけた。その記事は、一方において官僚たちが「(あんなもの)ほとんどは目を通したらポイ、ですよ」と口をそろえて「指令書」説を否定する言葉を紹介している。また実際にも米国の要望の多くがないがしろにされている例をあげて、「指令書」説を一笑する。
 しかし、その一方で、米通商代表部日本部長として日米構造協議や日米包括経済協議を経験したチャールズ・レイク氏(在日米国商工会議所名誉会頭)の次の言葉を紹介している。
・・・米国側では対日交渉の事を「カブキに出る」って言っていました・・・
  つまりこういう事だ。日米間で交渉を繰り返し、最後は日本側で方向性を固める。その時、日本側は、米国の圧力で止むを得ないだろうと国内を説得する、お互いが大見得を切って芝居をする、それぞれの役割分担が出来ていた。歌舞伎に通じる様式美の世界だった、というのだ。
  このレイク氏の言葉は意味深い。日米関係は、単に米国が日本に指令してそれに日本が従うという単純な従属関係ではない。その従属関係を役割分担し、世間の目をくらまして受け入れる。つまり単なる対米従属よりも売国的だ。対米従属関係は日米が結託して構築されていると言っているのだ。
 思えば戦後の日米関係はすべてが万事である。東京裁判から始まって日米安保条約、そして今日の米軍再編に対する協力に至るまで、日米従属関係は日米両政府の共同作業の結果に他ならない。いくら国民が対米従属をやめろと叫んでも、政府、官僚が一切耳を傾けない理由がここにある。
 2009年3月6日発行 第0088号
  日米安保条約無効訴訟に関する読者からの情報提供
 3月4日のメルマガ第0084号で書いた日米安保条約無効訴訟の件については、どのメディアもこれを報じなかった。予想されていたとはいえ、見事な無視だ。これでは国民は真実を知る事はできない。
 そのかわり、私のメルマガの読者には、私に読者から寄せられた貴重な情報を提供させていただく。以下の文章は私のメルマガの読者の一人から私に寄せられたメールの要約である。あまりにも貴重な情報であり、是非私のメルマガの読者と共有したいと思ったからだ。
 「・・・本日の午後、いつものように天木様のメルマガを拝読し鼓動の高鳴りを感じました。『「天木直人メルマガ」 第0084号 日米安保条約は無効だという訴訟』こそ、本日の午前、私が傍聴した裁判そのものに他ならなかったからです。
 東京地裁631号法廷で10:00より行われた「日米安保無効訴訟」は日米安保条約無効訴訟の会・代表の長岩均氏によって提訴されたものです。建設関係の会社役員をされている長岩氏は、落ち着いた風貌の大変誠実な方であるとお見受けしました。また、今回の訴訟において事務局長をされている山崎康彦氏もメリハリのある語り口の非常にまっすぐな方で、信頼するに足る人物との印象を受けております。
 今回の訴訟を傍聴するに際し、このような真面目で誠実な市民の皆さんがこうして社会の矛盾に立ち向かう様に、私は大変感銘を受けた次第です。 しかしながら、裁判そのものは甚だ私たちの期待を裏切るものでしかありませんでした。なんと法廷はわずか3分ほどで終了してしまったからです!この日のために急遽休暇をとり八王子から霞ヶ関まで馳せ参じた私にとっては、肩透かしを食らったような、舐められたような、なんとも馬鹿にされたような思いに囚われました。閉廷直後、「しっかりやれよ!」という裁判官に対する罵声もとんだほどです。
 展開は次のようなものでした。裁判官は3名。中央の裁判官が原告・長岩氏、被告・国の書面内容をそれぞれ確認しました。その時、国側から当法廷での終結を求める要請がありました。つまり、今回の1回限りで決着(=棄却)をつけたいとのこと。これに対し裁判官は何ら異存がある風でもなく、原告側にその旨伝えます。当然原告側はそれでは納得いかないので異議を申し立てます。(ここで中央の裁判官は左右の裁判官と何やらひそひそと協議)。すると裁判官は「ここに書面があるのにこれ以上何か言いたいことでもあるのか」といった意味の突っ込みを入れ、それでも食い下がる原告に対し、「では、1回続行します」と宣言し、次回の開廷日程を確認し閉廷となったわけです。――この間、約3分。
 今回の裁判は紛れもなく出来レースとの印象を受けました。間違いなく棄却となることでしょう。国の代表は法務省・法務局からやって来た、若い女の子を含めた6名。被告席後列に座った女の子を含めた3人は、裁判が始まる前から楽しそうに世間話に花を咲かせ、裁判中も国が相手取られた訴訟という緊張感がまるで感じられませんでした。これも裁判官を含めた“身内”であればこそでありましょう。結果など最初から分かっているのです・・・
 訴訟の過程で分かったこととして、1970年に10年の延長が国会で強行採決された、俗に言う「70年安保」について、その後の延長はどうなっているのかということについてです。このことについては私も初耳でした。長岩・山崎両氏はてっきり10年ごとの更新と思っていましたが、実は、1年ごとに更新されていことが分かったのです。長岩氏が外務省の条約課に直接電話し、要するに「無期限条約なのか」と担当官に聞いたところ、返事は「それは違う」とのことでした。「省内で意見をまとめ、毎年アメリカ側と協議している」とのことだったのです。つまり、1年1年外務省の窓口のレベルだけで、国会でも審議せず、国民にも知らせず、マスコミにも言わず、そして野党も追及せず、そのようなことが実は1971年以降脈々と30数年間続いてきたわけです。そのようなことがまかり通る国は一体何なのか?実に衝撃的な事実であります!・・・」
 私は名古屋地裁、高裁における自衛隊イラク派兵差止め訴訟にかかわってきて、裁判の現実をはじめて目撃した。だからここに書かれている裁判所の状況は手に取るようにわかる。そしてあらためて名古屋高裁の違憲判決が歴史的判決であった事を思い知る。
 それにしても日米安保条約が外務省の下っ端官僚だけで毎年更新されているという現実を知って、さすがの私も驚いた。この国をわれわれ国民の手に取り戻すには一体どうすればいいのか。
2009年3月7日発行 第0089号
 小沢秘書騒動の山は越えた
  突然の小沢秘書逮捕から始まった壮絶な権力闘争は、まさしく政権交代闘争の最終章だ。もちろんその結末はまだわからない。しかし希望的観測を交えて今の時点での私の考えを書いてみたい。それは一言でいえば、覚悟を決めた小沢一郎が勝った、ということだ。
もちろん検察官僚の意地がある。自民党の生き残りをかけた国家権力濫用がある。権力に迎合したメディアがある。事態は秘書の逮捕や小沢の意見聴取、代表辞任という流れになるかもしれない。
  しかし例えそうであっても、民主党への政権交代への流れが変わらなければ小沢民主党の勝ちだ。小沢は自分の政治生命と引き換えに政権交代を実現した事になる。私はそういう流れになると思う。
  もしそういう流れにならず、小沢民主党代表辞任とともに民主党がガタガタになり、世論の支持を急激に失い、政権交代実現が雲散霧消すれば、この国は暗黒の世になる。国家権力の国民弾圧が加速し、対米従属が固定化される。憲法9条は捨てられる。絶対にそうさせてはいけない。希望的観測を交えて、私は以下の通り小沢民主党の勝利を予言する。
  小沢秘書の突然の逮捕の直後に、私はブログとメルマガで緊急メッセージを配信し、小沢代表は直ちに代表を辞任して国策捜査との闘いに全力を傾注せよと訴えた。すかさず多くの反応が寄せられた。反応は賛否両論であった。小沢民主党を何故擁護するのかという意見の一方で、小沢代表は絶対辞職してはいけない、代表にとどまって闘ってこそ民主党を救えるのだ、として小沢辞任を求める私の腰砕け振りを激しく攻撃するものがあった。
  私は小沢民主党による政権交代論者だから、反小沢サイドの意見はここでは問題外だ。私が傾聴に値すると思ったのは「小沢代表は辞任してはいけない」といって私の弱腰を批判する意見であった。
  その意見と私の意見は、「政権交代を妨げる卑劣な国策捜査と断固闘うべきだ」という意味で同じであるが、異なるのは状況判断であり、戦略の差だ。私は民主党を巻き込んで闘うのは負けた時にあまりにも打撃が大きい、たとえ小沢代表が潰されても民主党に及ばない形で闘うべきだ、と考えたのだが、その批判者は、小沢を代表から外すのが敵の大目的であり、小沢が代表を辞めると民主党は崩壊する、ここは民主党代表として断固闘うしかない、というものであった。
その後の進展を見ると私の戦略は甘かったかもしれない。というよりも小沢一郎の気迫と覚悟が私の慎重戦略を上回ったようだ。小沢代表の最初の記者会見は言い過ぎだったと思った。しかしあれは小沢氏が政治生命をかけた検察との闘いを宣言した記者会見だったのだ。あの迫力がこの闘いの帰趨を決めたと思う。
  その思いを私は二回目の緊急メッセージを書いた。そこまで小沢氏が決意し、民主党もそれで結束できるのなら、もはや引き返せない。これは自民党から仕掛けられた政権交代潰しの最終闘争であるととらえ、政権交代を賭けた死闘を闘い抜くほかはない、がんばれ、と書いた。
  そしてこのメルマガを書いている3月7日朝の時点において、どうやらこの壮絶なバトルの山は越した、小沢民主党が勝つ事になる、私はそう思い始めた。新聞やテレビが流す報道と、ネット上に流れる玉石混合の情報を総合して下した私の見立てはこうだ。
 小沢氏は、法的に最後まで闘ってでもこの問題に白黒をつけると二回目の記者会見(3月6日正午)で繰り返した。そこには覚悟と共に余裕も見られた。一回目の表現が言いすぎなら訂正すると軟化した。それは譲歩ではなく、これから始まる長い戦いを勝ち抜くという決意を改めて示したのだ。たとえ国策捜査で負けても、ただでは負けない、という覚悟すら感じた。清廉潔白でなくても皆が同じような事をやって見逃されてきたのに、ここで自分だけを標的にされてたまるか、という「正しさ」を検察、自民党に突きつけたのだ。
言い換えれば、メディアが今後小沢不利のどのような情報を流しても、それが法的に立件できるほどしっかりしたものでなければ、その手法に対する批判もまた強まっていく。そんな記事ばかりを流し続けられるか、という事である。
  私は検察官僚は追い込まれつつあるような気がする。ある情報によれば西松建設との政治献金の仕組みが出来たのは大久保秘書の前任者の時代からであり、その秘書は今度の選挙で自民党から出馬予定だという。とんだ茶番だ。「自民党には捜査は及ばない」と失言した政府高官の問題も、大失敗だ。政府と結託している大手新聞、テレビは、知っていながら名前を明かさないが、3月7日の日刊ゲンダイは漆間官房副長官だとあっさりばらした。元警察官僚(元警察庁長官)である。検察官僚と警察官僚が自民党と結託して小沢民主党つぶしをやっていると認めたようなものだ。
  それに、自民党の大物代議士たちがつぎつぎと資金返済を表明し出した。小沢氏と同様の立場に追い込まれつつある。政治資金規正法はザル法である。皆が工夫をして合法化を装ってきたのだ。調べればほこりは出る。知らなかった、記載訂正すればいい、というのであれば、小沢と同じ事になる。
  西松検察の犯罪をいくら暴いても、それは西松側の犯罪だ。暴けば暴くほど関係者が増えていく。小沢と西松だけの関係を特殊な犯罪であると主張する事は無理がある。検察関係者もそれを認めだした。
  最後の決め手は世論がどう判断するかだ。すでに一部世論調査が出ている。これから一斉に出てくる。当然その数字は小沢民主党に不利な数字となる。しかし小沢民主党が大きく支持率を下げない限り、麻生自民党の支持率が大きく増えない限り、国策捜査はうまくいかなかったということだ。
  検察はもはや落しどころを考え始めたのではないか。名誉ある撤退を模索しているのではないか。メディアの騒ぎも心なしに静まりつつあると私は感じる。要するに山は越したのだ。終わったのだ。
  果たして小沢民主党政権が出来るのか。それが出来たら単なる政権交代にとどまらず、国家権力の移譲が行なわれる。主客逆転が起きる。それが今度の事件で決定的になった。検察官僚は震え上がる事になる。
  今度の騒動で明らかになった事がいくつかあった。一つは日本共産党が小沢批判をしたことだ。戦前の言論弾圧や拷問などで国策捜査の卑劣さを知っているはずの日本共産党が、自分たちが選挙で票を伸ばせるチャンスだとばかり、小沢民主党代表を批判した。正義者ぶって組織防衛を最優先した。私の日本共産党不信は決定的になった。
  もう一つは前原誠司や渡辺周などが小沢国策捜査発言を批判したことだ。政治生命をかけて闘っている身内の党首を批判したのである。私が小沢なら決して許さないだろう。もし小沢民主党が政権をとったなら、小沢の下で国策捜査に闘った連中と、距離を置いた連中の間の亀裂が決定的になる。距離を置いた連中は民主党を出るしかなくなった。
  残る問題は、政権交代に闘って傲慢になるだろう小沢一郎とその民主党が、果たして国民にとって正しい政治を行なうかどうかだ。日米関係をどうするかだ。外交、安全保障政策をどうするかだ。保守大連立に走らないかだ。
  しかし私はそれにはあまり関心がない。権力者はすべて悪をなすというのが私の立場であり、小沢政権が実現すれば小沢政権の誤りを厳しく監視していく事になるからだ。
  いずれにしても自公政権を国民の手で倒すことがまず先決だ。その後の政治がどのように展開していこうとも、国民の声がより強くなって政治を監視できるようになっていけばそれでよい。政治が正しく監視されていれば、政治などに関心を持つ必要はない。政治は所詮人生の重大事ではない、それが私の考えである。
 
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