天木直人の公式ブログ

今後の外交文書公開は特定秘密保護法によって骨抜きにされる

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 今回もまた外交文書の公開によって数々の日本外交の恥部が国民の目の前にさらされることになった。
 その中でも、最も深刻な事実は、1965年に佐藤首相が沖縄を訪問する時に行う予定だった演説案が、米国の圧力によって書き換えさせられたという事実だ。
 すなわち沖縄の祖国復帰にの重要性を訴えようとした原案に対し、米国政府は、沖縄の軍事的・戦略的重要性に触れていないのは、米国の沖縄施政を貶めるものだとして書き換えろと命じたのだ。
 重要なところは、変更は困難だと一旦断った日本側が最後は佐藤首相の判断で米側の要望を取り入れ、屈したことだ。
 以来、この佐藤演説をきっかけに在日米軍基地の重要性が、あたかもお経のように日本政府の決まり文句になっていく。
 この主権放棄とも言える対米従属ぶりは、その6年前の砂川判決に見せた田中耕太郎最高裁長官の対米従属に匹敵する深刻さを持つ。
 それにしても、よくも外務官僚は自らの首を絞めるような極秘外交文書の公開に踏み切ったものだ。
 それはもちろん情報公開法により原則公開が義務づけられるようになったからだ。
 下手に隠し、ばれた時、隠したのは誰だと非難される。
 小心者の外務官僚は、その反発におそれ、仕方なく公開に踏み切らざるを得ないのだ。
 そう思いを巡らせてハタと気づいた。
 今回公表された外交文書は70年代に差し掛かったものも含まれている。
 ということは、これからどんどんと70年代後半―80年代の外交文書が公開されることになる。
 私が外務省に入省したのが1969年だ。
 研修を終えて本格的に本省で仕事を始めたのが1970年代半ばだ。
 80年代ともなれば外務省がどんな外交をしていたか、おおよその事は知る立場にいた。
 つまり私が外務省にいた同時代の外交文書がこれからどんどん公開される時代がもうすぐ来るのだ。
 もはや隠せない。
 隠しても私がばらす。
 私でなくとも外務省を辞めてもはや外務省に何の借りもないOBなら、本当の事をしゃべり、解説する。
 そうなれば後輩たちの外務省はアウトだ。
 それを見越して外務省は特定秘密保護法の成立に固執したのではないか。
 特定秘密保護法はテロとの戦いで神経質になる米国に命じられ、情報管理を徹底させるためにつくられた法律だ。
 だから外交文書の公開を骨抜きにするという目的がきっかけではないだろう。
 しかし、間違いなくこれをもっけの幸いと考えて、外務官僚は今後の外交文書の公開を制限してくるだろう。
 これからの外交文書公開は、まちがいなく肝心なところが隠されることになる。
 外交文書の公開は特定秘密保護法により骨抜きにされる。
 何としてでも特定秘密保護法は廃案に追い込まなければいけない(了)
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