天木直人の公式ブログ

テロ死刑囚の解放に踏み切ったヨルダンの衝撃

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 テロ死刑囚とパイロットの交換が現実に行われるかどうか、それは今晩の夜中にわかる。
 その結果がどうであれ、その前にどうしても書いておきたい.
 これから書くことは、誰も書かない事だ。私にしか書けない事だ。
 「パイロットと交換にテロ死刑囚を釈放する用意がある」
 このヨルダン情報相の発言をヨルダン国営放送が流した事を知って、私は身震いするほどの興奮を覚えた。
 これはヨルダンにおける「アラブの春」になるかもしれないと。
 その理由はこうだ。
 パイロットと死刑囚の交換交渉は、今に始まった話ではなく、パイロットが墜落して捕虜になって以来続けられていた。
 それがまとまらなかった最大の理由は、テロに屈するなという米国のアブドラ国王に対する圧力があったからだ。
 アブドラ国王だけの判断だったらとっくにパイロットは死刑囚と交換に解放されていたに違いない。
 米国の圧力でヨルダン国王が踏み切れなかったのだ。
 ところが、今度の邦人人質事件で、後藤氏と死刑囚の交換がイスラム国から持ち掛けられ、日本政府の強い要請でパイロットより後藤氏の解放が優先されるという懸念がヨルダン国民の間に広がった。
 この国民感情を放置すればヨルダン国にまで怒りが及ぶ。
 それをおそれたヨルダン国王が、パイロットと死刑囚交換に踏み切ったのだ。
 もちろん、米国は反対した。
 しかし、おそらくヨルダン国王はこう米国に答えたに違いない。
 このままでは私は危うくなる。ヨルダンに「アラブの春」がくれば、一番困るのは米国ではないのか、と。
 このアブドラ国王の言葉の前に、オバマは黙らざるえなかったに違いない。
 パイロットと死刑囚の交換が優先されるのか、それともパイロットと後藤氏がともに解放されるのか。
 それは私にはわからない。
 しかし、ヨルダンがテロ死刑囚の解放に踏み切れば、イスラム国は条件次第では二人を、ともに解放する。
 そういう形で今度の人質事件が終わる気配が見えて来た。
 是非ともそうなってもらいたいものだ。
 そうなった場合の敗者は米国だ。
 そして、もっと惨めな敗者は日本だ。
 勝者はヨルダンとイスラム国である。
 ヨルダンは自国民の救済を優先して米国に対する自主外交を取り戻したのだ。
 ヨルダンは、国民と国王が一体となり、ヨルダンにおける「アラブの春」の混乱を食い止めた。
 いや、正確に言えばその必要性がなくなったのだ。
 米国は、テロと譲歩したヨルダンの自主外交を防ぎとめることが出来なかった。
 ヨルダンに「アラブの春」が起きて、ヨルダンに反米の嵐が巻き起これば元も子もなくなるからだ。
 ひるがえって日本はどうだ。
 ヨルダンに後藤氏の救済を頼んだが、米国から、「ヨルダンを困らせるな」と一喝されて黙り込み、その後はなす術がなかった。
 結果的には、ヨルダン国王の英断のおかげで、後藤氏の救済が達成されるかもしれない。
 ヨルダンと日本は、ともに米国の支えが無ければ政権が持たない米国の属国のような国だ。
 しかし、日本は自主・自立した外交を取り戻すことにおいて、ヨルダンにも先を超されたのだ。
 その違いの最大の要因は、自国民を救う事を最優先して国王に詰め寄ったヨルダン国民の強さであsる。
 その国民の声に耳を傾けたアブドラ国王の国民を思う気持ちだ。
 お上に声を挙げない日本国民の弱さと、そんな国民を見下してやりたい放題のこの国の首相との違いだ。
 今度の人質事件の結末には、さらにおまけがつく。
 ひょっとして、今度の事件をきっかけに、ヨルダンはイスラム国に対する敵対を止めるのではないか。
 アラブの為政者は、みな反民主的であり保身優先だ。
 
 しかし、アラブの民はお互いに通じるものがある。
 ヨルダン国民は、テロとの戦いは、米国とイスラム過激派の戦いに過ぎず、その戦いの犠牲者になるのはアラブの民だと分かっている。
 そんな米国のテロとの戦いに付き合うのは間違いだとアラブの民が気づき、支配者に迫る、支配者もまたそれに従わざるを得なくなった時、アラブの有志連合は崩れる。
 イスラム国は、アラブの腐敗した指導者を敵とみなすが、アラブの民に敵対しなくなる。
 中東を食い物にしてきた欧米旧植民地国との戦いに徹するようになる。
 これこそが、今度の人質事件におけるイスラム国の狙いだったのではないか。
 もし事態が私の想定通り動くなら、今度の事件の最大の勝者はイスラム国であるということになる。
 そしてそれは、イスラム国問題の解決につながることにもなる。
 すなわち、イスラム国問題は、決してこれ以上世界を混乱に陥れる問題に発展せず、米国とその追従者たる為政者と、イスラム過激派との戦いに限定されていくことになる。
 当事者が限定される戦争は、必ず国際社会の圧力で収束に向かう。
 お互いに馬鹿な戦争などやめろ、ということになる(了)
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