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いまさら「日米安保体制を望んだ昭和天皇」を強調する産経新聞

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 きょう7月20日の東京新聞が一面で大きく書いている。


 民主党が最高裁に違憲立法を審査する事を可能にする新制度を検討していると。


 笑い冗談だ。


 政権を取りもしないうちから何が新制度の検討だ。


 そんな暇があれば安倍政権を打倒する事を真っ先に考えるべきだ。


  政権を取り返すことだ。


 それができるか。


 いまの民主党が国民の信頼を回復する事は百パーセント無理だ。


 あれほど国民に期待されて政権を取り、それを見事に裏切った。


 それにもかかわらず、何の反省もなく、当時の責任者がそのまま居座って安倍打倒を叫ぶ。


 おまけに枝野に至っては19日のNHKの番組でこう語ったという。


 国会内の戦いだけでは勝ち目がないと。


 あたかも世論を味方にして安倍政権を打倒するといわんばかりだ。


 どこまで厚かましいのか。


 どこまで民意が読めないのか。


 いまの政治の絶望を招いた最大の責任は民主党にある。


 政権を投げ出した安倍首相を再び返り咲かせたことも、そしてそんな安倍首相をここまで増長させたことも、みな民主党の責任だ。


 そんな民主党が最高裁に違憲審査をさせる制度を検討中だとは笑わせる。


 そんな戯れ言を一面で大きく取り上げた東京新聞もまたどうかしている(了)


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いまさら「日米安保体制を望んだ昭和天皇」を強調する産経新聞

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 きのう7月19日の産経新聞が国民必読の大スクープ記事を掲載した。


 その記事の要旨は、鈴木九萬という外交官の日記の発見によって証明された、戦後の日米安保体制構築に及ぼした昭和天皇の強い影響力だ


 遺族や親族のもとに保管されていた鈴木氏の日記から分かった事は何か。


 それは「戦力を保持しない日本の安全保障は駐留米軍に委ねるべきであると最初に打ち出した」いわゆる芦田メモが米国にわたっていた事がこの日記で明らかにされたことだ。


 なぜ、このことが重要なのか。


 芦田外相の下で作られたこの芦田メモは、1947年9月につくられ、戦後の日米安保体制の原型とされている。


 すなわち、独立後の日本の安全保障は米国との特別二国間協定より米国に委ね、日本の基地を米軍に提供するのが「最良の手段」と位置付けたメモだ。


 このメモが当時終戦連絡横浜事務局長であった鈴木氏からアイケルバーガー米陸軍中将(マッカーサーにつぐ占領軍ナンバー2)に私信として手渡されていたことはわかっていたが、それが米国政府にどう活用されていたかはこれまで確認されず、研究者の間でも米国政府要人には見せなかったのではないかという見方が定説だったという。


 ところが鈴木日記でマイケルバーガー中将が、「自分は日本の将来の安全保障を扱ったその文書を大いに活用した」と述べ、アイゼンハワー参謀総長(のち米国大統領)らに伝えていた可能性があることがわかったというのだ。


 そして産経新聞のその記事は次のように続ける。


 昭和天皇はマッカーサーとの会見で、駐留米軍で日本を共産主義から守ってくれと頼み、戦力の不保持を謳った憲法9条と国連が日本を守るのだと逆にマッカーサーから諭されたと言われている。


 その昭和天皇は、米国が沖縄および他の琉球諸島の軍事占領を継続することを希望し、そのことが米国の利益になり、日本を保護することになる、という考えを示した(いわゆる天皇メッセージ)


 アイケルバーガー中将は、共産主義勢力に対する日本の治安維持能力に危機感を抱き、マッカーサー元帥の安保構想に批判的だった。


 そのアイケルバーガーが1948年7月に離任・帰国する際、戦後初の外国人の賓客として昭和天皇に皇居で午餐に招待されている.


  この昭和天皇の安全保障観は、豊下楢彦教授の名著「日米安保条約の成立ー吉田外交と天皇外交」(岩波新書)で書かれた吉田茂の天皇外交への恭順と見事に照合する。


 吉田茂もまた芦田と同じく外務官僚だった。


 もういいだろう。


 この産経新聞の大スクープ記事がいわんとするところは、戦後の日本の安全保障体制は昭和天皇と外務官僚によってつくられ、米国にそれを要望してできた国策であるという事だ。


 なぜ産経新聞はこのタイミングでこのようなスクープ記事を大きく掲載したのか。


 それは安倍首相の掲げる日米同盟強化も、集団的自衛権行使容認も、安保法制案の採決も、昭和天皇の外交以来の国策であるということだ。


 それに反する者は国賊であるといわんばかりなのだ。


 しかし、時代は変わった。


 昭和天皇から明仁天皇の時代となり、国民の意識も、国際情勢も、米国の影響力も、なにもかも大きく変わった。


 いまこそ日本の安全保障政策も、歴史の大きな流れを読み間違えることなく、正しく変わらなければいけない時である(了)


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