天木直人の公式ブログ

広島訪問のリハーサルだったオバマのアルゼンチン訪問

ブログランキングに参加しております。 よろしければクリックをお願いします!
政治 ブログランキングへ
Photo by : BBC NEWS JAPAN 「タンゴ踊るオバマ米大統領 アルゼンチン訪問で」 [http://www.bbc.com/japanese/video-35888451]
Photo by : BBC NEWS JAPAN 「タンゴ踊るオバマ米大統領 アルゼンチン訪問で」 [http://www.bbc.com/japanese/video-35888451]

 きょう4月25日の朝日新聞「ここに注目」という記事でブエノスアイレス発五十嵐大介記者が、3月24日に行われたオバマ大統領のアルゼンチン訪問について、要旨次のように書いていた。

 すなわち40年前の1976年3月24日、アルゼンチンでクーデターが起き、軍事政権による左翼活動家の弾圧が始まった。約3万人の市民が殺されたり、行方不明になった。

 この事件は米政府が弾圧を支援したとされ、川には拉致された人が飛行機から投げ落とされた。

 オバマ大統領は、3月24日のアルゼンチン訪問で、謝罪こそしなかったものの、米国大統領として当時の米国政府の対応の不備を認めた。

 これに対して、地元では強い反発が起きた。

 「米国が弾圧を推進し、拷問の仕方を教えた。オバマがこんな日に来るなんて挑戦的だ」と、大規模な怒りのデモが起きた。

 そういう記事だ。

 私はこの記事を読んでピンと来た。

 そういえば3月24日のアルゼンチン訪問の直前に、オバマ大統領はキューバを訪問した。

 そしてその時もそうだった。

 キューバとの国交断絶の誤りを認めるかわりに未来志向を強調した。

 これを要するに、オバマ大統領は、キューバ訪問、アルゼンチン訪問をへて、広島を訪問する事を決めていたのではないか。

 米国大統領としての最後の年に、歴史に名を遺す大統領になるつもりで準備を進めて来たのではないのか。

 米国外交の負の遺産であるアルゼンチン、キューバを訪れ、暗黙のうちに米外交の過ちを認める。

 しかし、決して明確な謝罪はしない。

 虫がよすぎるではないか。

 そういってキューバのカストロ前議長がオバマ大統領を批判した。

 ブエノスアイレスの市民は憤り、アルゼンチンのジャーナリストは「起きた事の歴史的な認識は変わらない」と書いた。

 果たしてオバマ大統領の広島訪問の時はどうだろう。

 私は、キューバ訪問やアルゼンチン訪問の時とは違って、日本政府はもとより、日本国民もメディアも歓迎一色になると思う。

 オバマ大統領の広島訪問を批判する声は出てこないと思う。

 そして、それはそれでいいのではないのか。

 対米従属でいいと言っているのではない。

 日本国民がおとなしいからだと言っているのではない。

 それが日本のよさだと考えたい。

 そう考えるのは、冷酷な国際政治の現実のなかでは人が良すぎるということになるのだろうか(了)

[amazonjs asin="476170697X" locale="JP" title="オバマの経済政策とアベノミクス―日米の経済政策はなぜこうも違うのか"][amazonjs asin="4496049813" locale="JP" title="オバマ再選の内幕―オバマ陣営を支えた日本人が語る選挙戦略"][amazonjs asin="409825039X" locale="JP" title="オバマ大統領がヒロシマに献花する日 (小学館101新書)"]

コメント1件1580

COMMENTS & TRACKBACKS

  • Comments ( 1 )
  • Trackbacks ( 0 )
  1. 米国は都合の悪いことには耳を塞ぐ。しかし、時を経て米国の新世代は核兵器は人道的罪だと考えるようになってきた。戦争を終結させるために使用禁止の大量破壊兵器を使ったどという言い訳は許されない。使用した国がどの面下げて他国の非道を責め、人権国家として振る舞えるのだろう。面の皮が厚すぎる。インディアンやイヌイツトなど征服された先住民族は文句もいえず、酒におぼれ後者の自殺は最近著しいと言う。米国建国で傷ついた民族がアイデンティティを失い、謝罪をしない白人エスタブリッシュメントの支配する国に住むことはさぞつらかろうと思う。先住民ほどの悲しみはないにしろ、投下したことに対して日本人はわだかまりをもつべきだろう。そうでなければ米国の先住民の苦しみは理解しえないと思う。日本人の中にも静かに長く核兵器の惨禍を訴えてきた人がいるからこそ、効果がでてきたのではないか。資料館に行くとインド系の方達は「知らなかった」と驚き、被爆者に限りない同情を寄せる。溶鉱炉以上の温度にもなった市中心部で通学時間を狙い投下し、市民は即死したというような英語の体験を辛抱強く聞くたぶん米人達も子供と共にいた。

コメントはこちら

*
*
* (公開されません)

Return Top