天木直人の公式ブログ

三反園鹿児島知事、米山新潟知事では原発を止められない

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 きのう10月29日の朝日新聞が書いていた。

 三反園鹿児島県知事が川原原発を容認する姿勢を見せたと。

 すなわち10月28日の記者会見で次のように語ったと言うのだ。

 「私に稼働させるかさせないのかの権限はない」と。

 「私がどう対応をとろうとも、九電は稼働させていくことになる」
と。

  まさしく「これをいったらおしまいだ」というようなセリフだ。

 朝日新聞はその記事をこう締めくくっている。

 事実上断念。停止にはこだわらず、「特別点検」などの安全対策を重
視する姿勢に転じたと。

 おそらく新潟県の米山知事も、いずれ同様の姿勢を見せる事になる。

 原発反対派は、というよりも原発反対を政局にして安倍政権を追い込
もうとする野党共闘派は、三反園知事と米山知事の勝利を、あたかも溜
飲を下げるがごとく喧伝した。

 安倍政権に打撃を与えたという意味では確かに歓迎すべき事だ。

 しかし、安倍首相の原発政策を変えるという観点からは、まったく期
待できない。

 私は当初からそう見ていた。

 なぜか。

 それは、これら二候補が、本気で原発を止めるために立候補したので
はなく、反原発利用し、反原発の声に押されて知事になったに過ぎない
からである。

 政局がらみの政治の限界がここにある。

 安倍暴政を止めるには、この国を支配する政・財・官からも一目置か
れ、彼らを動かす知見と覚悟を持ったものたちが本気で行動しなければ
むつかしいということである(了)

コメント3件1531

COMMENTS & TRACKBACKS

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  1. >政局がらみの政治の限界がここにある。
    皆さん見方は色々とおありのようではありますが、「政局がらみの政治」という問題を考えれば、天木大使のおっしゃる通りではないか、と私は思いました。もし三反園新知事の問題ではない、とするならば、「朝日新聞社による偏向報道に問題あり」と言うべき所かも知れませんね。何しろ、先日、孫崎享大使がツイッターで朝日新聞の記事のあり方を批判しておられるのを読んだ所では、朝日新聞報道はこうした地方自治体(知事職)が原発再稼動に関して有している一定の法的な権限を、あたかも存在しないかのような「報道」をして情報操作しているメディアであると分かって来ておりますし……。
    三反園知事の発言の背後にある彼の真意のほどは、私も知りません。そもそも、彼のこの発言の真意はあまり「分かりやすい」とは言えそうにありませんし、彼には今後もっと自治体の地元住民(鹿児島県民)と他の日本国民一般に向けた適切な説明(?)をしてほしいものだと思います。元々、テレビ朝日の従業員であった彼が上のような朝日新聞報道によって「洗脳」されている、という恐れはありますね。もしそうであれば、今後、三反園県政はそうした「裏切り」県政というケモノ道に落ちて行く恐れがあるとも思います。
    県知事が地元の原発についてモノ申すこと、それは当たり前です。しかし、5年半前になったあのフクシマ事故の結末は未だわが国の国内では適切な「報道」さえされておらず、まだまだ真実が「伏せられて」いる状況にあるわけです。その点を思い返せば、三反園知事の今度のヨタ話(としか言いようがない公式発言)は、言語道断の「裏切り」でした。県知事が地元にある原発の(再)始動の際に承認を与える(あるいは与えない)権限を有するというのは当たり前の常識なのだ、ということを三反園知事は今、改めて認識し直すべき秋(とき)だと私も思いました。

  2. >する政・財・官からも一目置かれ、彼らを動かす知見と覚悟を持ったものたちが本気で行動しなければむつかしい
     そんな方何方か居るんですか?天皇の意見でさへ、へし折ろうとしている連中の方が優勢なのに、、。
    私は三反園氏は最初から妥協の産物だったので、あまり期待していませんでした。ですから後ろに下がってもおかしいとは思いません。だって民進党系でしょ?こんなもんですわな(笑)米山氏も、元々はガチガチの自民民進という保守思考ではあるんですが、後ろで支えるというか、弾を握っている森裕子氏などが確りしていれば、かなり抵抗すると思っています。できれば彼女たちに地方政党を立ち上げて貰い、自公や民進の口を塞いでくれると良いのですが、、。それでも物凄い潰す圧力はあるでしょう。しかしそれを跳ね返す気概を与えるのは県民であり国民だ、と思うのです。ですからこのように批判をしてしまえば、そういう発言も萎んでしまわないですか?ですからこういう発言が、一目置く人さへも生み出さないのだと思いますが、如何でしょう?

  3. 決めつけが早すぎないか。
    例えば翁長知事が裁判の成り行きからして、辺野古が止められないようなら「政局がらみの政治の限界ががここにある。」というような単線的で味もそっけもないことを言うのだろうか。翁長知事は、大方の支持者や我々が想定できなかったような抵抗と粘りの真っ最中にいるではないか。それでも、正直いって翁長派の自分にも先の先はと性急に直線的に問われれば、分からないとしか言いようがない。
    鹿児島県民や新潟県民は「反原発の声に押されて知事になったに過ぎない」という厳しい指摘はある一面ではそうかもしれない。しかし、このたびの県民の知事選における決断と選択は、天木氏の言い草ほどには軽視されるべきではないと思う。政治も住民運動も生きているものだし、周囲や外野のありきたりの思惑と違った展開と固有の様相や勢力の転換を次々に現出させるものだということは、誰もが肝に置くべきことだろう。
    決断をゆだねられたものと間接的にかかわるもの、そしてさらにその外のいるものとの分をわきまえた言説がほしい。

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