天木直人の公式ブログ

日本の政治崩壊を見せつけた11月25日の衆院厚労委員会

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 安倍政権の破綻は、外交では、習近平の中国と、プーチンのロシアと、そして何よりも米国にトランプが登場した事によって、完全に露呈してしまった。

 しかし、安倍政権の破綻は、内政においてこそ、もっと明白で深刻だ。

 きのう11月25日の衆院厚労委員会で年金制度を改革する関連法案が強行採決された。

 この関連法案は、年金制度の改革と謳っているが、その実は年金抑制法案である。

 読売、毎日、日経、産経はいずれも年金改革法案と垂れ流しているが、朝日、東京、共同(地方紙)は、はっきりと年金抑制法案と書いている。

 その内容を見れば。もちろん年金抑制法案が正しい。

 世代間の公平化を図ると言う、見え透いた大義名分を掲げて、国民の当然の権利である退職後の生活費支給を削るのだ。

 こんなフザケタ、反国民的法案はない。

 野党が反対するのは当然だ。

 しかし、安倍首相は民進党議員の質問に一切答えず、それどころか、年金改革法案に反対しても民進党の支持率は上がらないぞ、と言い返したのだ。

 私はこれを見て、安倍首相は終わったと思った。

 暴言の中の暴言だ。

 驕りの極みだ。

 言うまでもなく、年金問題は安倍首相の鬼門だ。

 2007年就任した時、年金問題の対応の不評で選挙に敗れ、腹イタ辞任に追い込まれた。

 今度こそ野党は安倍首相を、腹イタでなく、その失政、暴政で辞めさせる時だ。

 ところが、いまの政治にそのような緊迫感はまったくない。

 「反対しても民進党の支持率は上がらない」という安倍首相の暴言は、これまでの政治では、それだけでも内閣総辞職に値するが、残念ながらいまはそれは当たっている。

 民進党が何を言っても、何をやっても、国民の支持が戻ることはない。

 安倍首相が解散・総選挙に打って出れば、民進党に勝ち目はない。

 それどころか、野党共闘でさえも勝ち目がない。

 なぜか。

 それは野党が一つにならないからだ。

 選挙協力とかオリーブの木とか、およそ国民に通じない、野党と野党政治家の私利私欲から抜け出せない事を言っているようでは、国民の支持が得られるはずがない。

 おまけに、野党第一党の民進党と第二党の共産党の間に、イデオロギー対立があるからだ。

 志位共産党委員長が「清水の舞台から飛び降りる」覚悟で唱えた国民連合政権にむけて結束するなら、安倍政権と十分に戦える。

 しかし、それが無理な事はもはや明白だ。

 その一義的責任は、共産党と国政の方針が相いれないと言って拒否する民進党側にある。

 しかし、同時に、この期に及んでも共産主義を掲げ、日本共産党の看板を下ろそうとしない共産党の側にも間違いなく責任がある。

 すなわち、志位委員長の共産党は、「清水の舞台から飛び降りる」と勇ましい事を言っておきながら、その実、飛び降りていないのだ。飛び降りる覚悟はないのだ。共産党の党勢拡大(劣勢防止)の本音があるのだ。

 これでは、民共の共闘はうまくいくはずがない。

 倒せるはずの安倍政権を倒せない。

 史上まれに見る暴言を繰り返す安倍首相にもかかわらず、いまの野党はそんな安倍首相の首を取れない。

 しかし、野党には「年金」という安倍首相にとっての最悪のジンクスを握っている。

 いまこそ野党は野党共闘などという中途半端な事にうつつを抜かすのではなく、憲法9条の下に一つの政党になるのだ。

 その口火を切るのが新党憲法9条である。

 いま世界は歴史的大転換期にさしかかっている。

 どの国も、どの指導者も、正し解決を見いだせなまま世界は漂流している。

 そんな中で、日本は憲法9条という世界に誇れる確固とした政治哲学を持っている。

 そしてその政治哲学こそ、これからの世界が等しく渇望するものだ。

 よりによって安倍暴政がそれを捨て去ろうとしている。

 この間違いの深刻さを本当に理解する政治家なら、いまこそ憲法9条の下に一つになって安倍首相と立ち向かおうとしないはずはない。

 捨て身の姿を見せれば国民分はついてくる。

 安倍首相はひとたまりもないだろう。

 今度こそ腹痛で逃がすのではなく、国民の怒りで追放し、逃がすことなく首相を辞めた後も責任を取らせるのだ。

 それが民主政治というものである。

 崩壊してしまった日本の政治を取り戻す唯一の方法である(了)

コメント2件1545

COMMENTS & TRACKBACKS

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  1. >「反対しても民進党の支持率は上がらない」という安倍首相の暴言は、これまでの政治では、それだけでも内閣総辞職
    >に値するが、残念ながらいまはそれは当たっている。
    今のわが国の「国会」については、天木大使のおっしゃる通り、この大暴言は真実ですから不幸な状況が続いているとしか言いようがないでしょうね。まさに、日本の政治崩壊、と言うべき現実が展開を続けております。
    何やら、「首相官邸は民進党執行部の大スキャンダルを握った、それを近々、週刊誌等に報道させて同党を叩くつもりらしい」などと言う趣旨のニュースが「日刊ゲンダイ」誌で先ごろおどった事がありまでした。が、件の週刊誌記事(今年話題になった「文春砲」こと「週刊文春」?)とやらは、未だにどこからも報じられてはおりません。まあ、何かのネタがある、と称して「報道」メディア経由で民進党にけん制をかけたのか?と言う気がしていましたが、この安倍首相としては、何かそんな「ネタ」でもある(またはあると思い込んでいる)ため、こうした高圧的な姿勢に終始したのかも知れませんね。
    何か面白いネタがある、と言うのなら、直ちに報道すればそれで良いはず……真実を報じる事、そこに「ジャーナリズム」の眼目があるわけですからね。国民の「知る権利」に答えるようなネタであるなら、「文春砲」であれ何であれ、国民はそんな「報道」も歓迎するはずですし、思わせぶりにネタを小出しするようなマネをせず、安倍「官邸」とやらも直ちにネタ「放出」でもしたらどうか?と改めて思いました。
    それにしても、今朝の当ブログ記事が指摘しているように、年金「抑制法案」の強行採決のみならず、高齢者医療費の引き上げ・値上げなる「方針」がまた厚労省から出て来るなど、日本の「政治崩壊」はとどまる所を知らない様子ですので、一般国民はもう安倍内閣にウンザリし切っているでしょう。と言うよりか、今のわが国の「政府」(地方自治体を含む)そのものを疎(うと)みはじめている事でしょうね。「政治」がつまらない「TV番組(TVショー)」におとしめられてしまったかのような現代のわが国、とりわけ「国会」の状況では、それも故なしとしません。
    まあこの一世代あまりもの間、わが国の国会・選挙は、人為的に「政党政治」を推進するため、1983年に導入した「比例代表制」を中心に動き、演出されて来ましたので、こんないわゆる「閉塞状況」となる事はある意味、予測は出来ていたでしょう。件の日本共産党さんも、多数の「地方議員」を地方議会(地方自治体)に送り込んでいる、とPRしてはいるものの、このひと昔ほどは共産党地方議員らが何か目立つ「活動」をしたとは見聞もしなくなりましたし、彼らが受け取って来た議員報酬もいわば「政党助成金」でしかない、それが現実だろうと思います。一方の民進党(旧民主党)は元々、巨額の政党助成金で「政党政治」を続けて来た政党ですし、日本共産党さんも民進党も共に「税金で運営」されている、それが現実でしょう……これではわが国の政治崩壊が進まないわけもありませんね。
    所詮は「移植された民主制」という事でしょうが、わが国の戦後民主主義は、そんな脆弱な基盤しか持ち合わせていなかったようです。民主制が古代アテネ(ギリシャ)以来、深く根付いた西ヨーロッパだと、「政党助成金で政党政治をやろう」と言い出す「政治家」はいませんでしょうね。だからこそ、今の西ヨーロッパのように中東難民などの流入で混乱が起きていても、民主政治を捨てよう!などと言い出す集団は(そんな集団が増えているそうですが)あくまで「奇人変人」やフリンジ(fringe)に過ぎないわけです。「改憲、改憲!」と騒いでいるだけの昨今のわが国の与党勢力は、その意味ではすでにフリンジ政党だと言うべきでしょうね。
    ちなみに、日本人の石工が彫像を作る作業に参入している、と話題になった事がありますが、スペイン・バルセロナ市に今も建設途中の巨大な「サグラダ・ファミリア」教会があるので、私も観光で訪れた事がありました。もう130年あまりも「建設途中」が続いていましたが、今ではステンドグラスも入ったそうで、いよいよ2026年には完成予定、と発表されるに至っています。この巨大教会の建設は、何とその資金をすべて寄進・寄付によっていると言われています。日本人なら、こんな巨大教会を建設するなら「公共事業で突貫工事を!」と言い出す所ですが、それは「政党助成金」や税金で「政治活動」をしよう!と言っていた細川元首相ら(ふた昔あまり前の「つかのま政権交代」時代の)と同じ発想ですね。
    こうして、あくまで持ち寄られた「浄財」でのみ建設する、そこに同教会の「意味」があったわけですが、すべてそんな浄財・寄付金でまかなわれていると現地で知った時は、完成まで気の遠くなる時間と一般市民の努力が必要だろうなあ、と感嘆した事を思い出します。自分の生きている間には完成する事もなかろう、と思っていた同教会でしたが、意外にあと10年でその完成を見る事が出来る事になったようです。こんな巨大教会の建設事業は、ちょうど今の新党「9条」の基金に多くの一般国民が少しずつ寄付・浄財を持ち寄っているのと同じです。こうした壮大な建築物も、ひとつのレンガ(や石のブロック)を置く事から始まるわけですが、古代アテネで誕生したこの「民主制」、それを本当にわが国に根付かせるためにはレンガをひとつずつ積み上げるような努力を続けねばならなそうです。そこに本当の「戦後日本政治」とやらも建設されるわけですが、今の崩壊した政党「政治」のような低次元の政治から頭ひとつ分、上の次元に飛び出て行くためには、同様の地道にじわじわと地歩を固めて行くような努力が必要なようです。

  2. 新党憲法9条に投票します。

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