天木直人の公式ブログ

お知らせ

菅原文太の声

ブログランキングに参加しております。 よろしければクリックをお願いします!
政治 ブログランキングへ

追及さるべき警察の不正義  2015.07.18

 政治の要諦は何か。

 それは菅原文太が死ぬ直前に沖縄で語った演説の中にある、国民に飯を食わせる事と、絶対に戦争をさせない事、すなわち平和と経済的豊かさの実現であると思う。

 しかし、もう一つの重要な事がある。それが正義の実現だ。

 正直者が損をし、悪い事をしたものが枕を高くして寝るような世の中であってはならない。

 私が唱える新党憲法9条の重要なテーマもまた正義の実現である。

 これから書くことはまさしくその正義の実現の一例である。

 発売中の週刊実話7月30日号に「あんたらに市民を取り締まる資格があるのか?」と題する特集記事が掲載されている。

 これは交通警察の不正義を糾弾した記事だ。

 7月10日、東京の大動脈である「首都高速」で車両4台の玉突き事故が起きた。

 この事故を起こしたのは巡査長(34)が運転する護送車で、車内には16人もの留置人が乗っており東京地検に向かっているところだった。
 
 ところが管轄する警視庁留置管理2課は、「再発防止のため職員の指導を徹底する」というコメントで済ませた。

 一歩間違えれば大事故につながるおそれがあり、そうでなくても、その事故で首都高速は一時閉鎖され、都心部が大混乱に陥ったというのにである。

 この例に次いで、週刊実話のその記事は、4月22日に起きた俳優・萩原流行さん(62)の死亡事故について、やはり護送車の運転手が後方確認不十分だったため、中央の車線を走っていた萩原さんの大型バイクに接触し、転倒して投げ出された萩原さんが後続車に轢かれて死亡した事件に触れている。

 この萩原さんの事件については、奥さんのまゆみさんが、警察の対応が不透明、不適切だったとして「すべて明らかにして夫の名誉を回復したい」と裁判も辞さない構えを見せた記者会見を開いたことは記憶にあたらしい。

 しかし、いずれも黙殺されて終わっている。

 この週刊実話の記事は、このような現職警官の不注意で起きた事故が如何に多いか、そして、いずれもその処分が甘いまま終わっているかを、実例をあげて指摘している。

 しかし、この週刊実話の記事が書かない重大な交通事故がある。

 それが2006年3月に高知県で起きた白バイ事件だ。

 つまり、レストラン駐車場から出て来たスクールバスが国道56号線の交差点に右折侵入しようとしたとき、高知県警交通機動隊の巡査長が運転する白バイと衝突し、白バイを運転していた巡査長(当時26歳)が死亡した事件である。

 この事件は、スクールバス運転手が、安全確認不十分のまま道路に進入したことによって事故を起こしたとして逮捕・起訴されたが、運転手は、起訴事実はなくバスは停止しており複数証人もいるとして無罪(冤罪)を主張した。
 
 この事件は、弁護士と一部メディアが、交通事故鑑定人による検証実験、目撃者取材などを行った結果、「バスは動いていて、急ブレーキをかけた」とする警察・検察側の主張には疑義があり、提出された証拠は捏造された可能性が高く、当時現場周辺では違法な白バイの高速走行訓練が行われており、事故は自損事故であると主張。一方高知県警は、高知県議会や記者会見で、証拠捏造や白バイ側の過失を否定した。

 その一部メディアの検証番組でも、疑惑は限りなく深まったのに、この事件は2008年8月20日、最高裁が上告を棄却し、一審通り禁錮1年4か月の実刑が確定。元運転手は収監され、服役し、仮釈放を認められず、2010年2月23日に刑期満了で出所して終わった。

 もし警察が組織防衛の為に冤罪と知っていながら運転手に罪をかぶせたままやり過ごそうとしたとすれば、これ以上ない権力側の不正義だ。

 新党憲法9条ができたあかつきには、この運転手を政治家にさせて、権力者の組織的不正義を追及させたいと思っている。

 新党憲法9条は、権力者の横暴で泣き寝入りさせられたすべての犠牲者の正義を実現する政党でありたい(了)

立ち上がった翁長知事の沖縄を全面的に支持する  2015.03.24

 「私の腹は決めている」

 この言葉を聞いた時、私は身震いするほどの感動を受けた。

 ついに翁長知事が立ち上がったのだ。

 これが保守を自認する翁長知事の真骨頂だ。

 辺野古建設作業の停止を安倍政権に要求した翁長沖縄県知事は全面的に正しい。

 安倍政権は、怒りと狼狽から世迷言を発しているが、とんだお笑いだ。

 菅官房長官や中谷防衛相は「日本は法治国家」だと言った。

 天に唾するとはこのことだ。

 憲法を踏みにじり、恬として恥じないのは安倍政権のほうだろう。

 菅官房長官は、「すでに決まった事だ」、「粛々と進める」、と馬鹿の一つ覚えのように繰り返す。

 何を言っているんだ。

 最後っ屁の様に、退任間際に安倍政権と手を打った裏切り者の仲井真知事を破って当選したのが、翁長知事の沖縄だ。

 それが沖縄の民意だ。

 翁長知事との対話を断り続け、沖縄の民意を踏みにじって来たのは、どこのどいつだ。

 正義は翁長知事の沖縄にある。

 翁長知事の沖縄は、つぎはケネディ駐日大使に辺野古作業の停止を訴えるべきだ。

 安倍政権の強行を認めるようなら、米国は世界の笑いものになる、それでいいのか、と。

 ケネディ大使が本当のリベラル政治家なら沖縄の民意に味方するはずだ。

 米国に良心が残っているのなら、辺野古を断念するはずだ。

 まだ一か月ある。

 翁長知事の沖縄は安倍政権に辺野古断念を迫るべきだ。

 全国の心ある日本国民は、そのような沖縄を支持して呼応するだろう。

 そうなれば安倍訪米は危うくなる。

 安倍訪米が延期されるようなことになれば内閣総辞職・総選挙だ。

 菅原文太が死ぬ直前に沖縄で演説した。

 「弾丸(タマ)はまだ残っている」と。

 いま、その言葉が見事によみがえってきた(了)

「弾丸(タマ)はまだ残っている」という心意気  2015.03.21

 きのう3月20日、自公が安保法制(安保関連法案)の枠組みについて原則合意した。

 この違憲性の深刻さを正面から指摘し、警鐘を鳴らしたのは東京新聞、ただひとりだ。

 朝日や毎日も批判的だが、その激しさ、危機感において、東京新聞の比ではない。

 すなわち、東京新聞は一面トップで「戦争参加」という刺激的な言葉を大きく掲げ、「事実上の海外武力行使法」と書き、「憲法の法体系を転換」、「歯止め明記 確約なく」、「日米合意 国会に先行」、「「首相一強『戦える国』に」、「NSC・秘密法・武器輸出・・・」などの見出しを並べ、社説では専守防衛のこれまでの我が国の国防政策の基本を変質させたと断じている。

 もはや安保法制をめぐる、おためごかしの、あらゆる議論は不要だ。

 きょう3月21日の東京新聞を買い求め、永久保存すればいいだけの話だ。

 それがすべてを語っている。

 それは、一言で言えば憲法9条を完全に否定し、日米同盟という名の対米従属を国是としようとしているということだ。

 それを止められない今の日本の政治状況を見て、読者の中には、もはや憲法9条は捨てられた、いまさら護憲を叫んでも国民は動かない、と悲観的な声を寄せる者もいる。

 確かに情勢は厳しい。

 しかし、私は決してそうは思わない。

 これは強がりでも、負け惜しみでもなく、本当にそう思っているのだ。

 その証拠に、すべては先送りされている。

 昨年7月の閣議決定の時は、すべてを関連法案に委ねると言って先送りした。

 今度の合意にしたって、すべては5月連休明けの法案審議に先送りだ。

 そして自公政権は、その審議に時間がかかると見越して、通常国会を8月まで延長する事を決めた。

 無駄な浅知恵だ。

 いくら議論しても反対を説得できず、最後は強行採決せざるを得なくなる。

 そのような法案審議は、とりもなおさず公明党の苦悩であり、その公明党との連立政権を組まざるを得ない安倍自民党の苦悩である。

 なぜ彼らは苦悩せざるを得ないのか。

 それは憲法9条が今でも厳然と存在するからだ。

 かつて品川正治経済同友会終身顧問が、生前繰り返し私の前で言っていた。

 憲法9条はもはやボロボロだけれど、我々はそれをしっかり握って離さなければいいのだと。

 その通りなのだ。

 だからこそ憲法9条を安倍首相の手で変えさせてはいけないのだ。

 見ているがいい。

 5月以降の個別的法案審議が始まれば、議論はますます迷走し、安倍自公政権は苦境に追い込まれるだろう。

 日米新防衛協力指針を手土産に訪米した安倍首相は、その先走りの責任を取らされることになる。

 平和を強く願う国民の反発に会って、安倍首相は立ち往生するだろう。

 品川さんをはじめ、憲法9条だけは手放してはいけないと強く訴え、その願い半ばで、この世を去って行った人たちが数多くいることを私は知っている。

 この10余年の私の読者の中にも、その思いを私に託して去って行った者たちが数多くいる。

 その人たちのためにも、今を生きる護憲の者たちの戦いは、これから始まるのだ。

 「弾丸(タマ)はまだ残っている」

 この菅原文太の心意気がよみがえるのはこれからだ。

 正しいことほど強いものはない。

 その思いを掲げて、私は新党憲法9条をもうすぐ宣言する。

 私はあなただ。あなたは私だ(了)

Return Top